45.愛の告白

「――――ルーナ! 僕は、ルーナを......愛しています!」


 声が裏返った。ルーナの表情が固まる。


「......」

「......」


 一時の静寂があった。


「......あ?」


 ルーナの表情がみるみる『怒り』に変わっていった。


 ――やってしまった。アランはじわじわ血の気が引いていくのを感じた。


「あんた......あんたあんたあんたさあ! 戦場で私の命令無視しといて、愛してます、だあ?? ふざけんじゃないわよッ。ちょっとそこ座りなさいッ」

「は、はひ......」


 アランは正座で地面に座った。


「言われた事を言われた通りにできない傭兵未満の分際で色恋に浸ってんじゃないわよこのミミズ野郎ッ! あんた今回まじで運が良かったから生還できたものの、普通はねえ、死ぬのよッ」

「す、ずみまぜんずみまぜんずみまぜんずみまぜんずみまぜん! その節は助けて下さって誠にありがとうございましたッ! 次からは誓って命令を破りません! 本当にすみませんでした!」

 

 アランは地に額をこすりつけた。


「ででででででも、確かに、リオ団長と比べたら僕なんて月とすっぽん、いや月とゴミカスくらいかもしれませんが......あの人程の方を追いかけるのはとても大変でしょう。僕とつきあうのが塩梅って所ですよ......」

「あんた自分で言って悲しくならないの?」

「......」


 アランの耳は普段は立ち耳だが、今はすっかり垂れ下がっている。


「というか、なんで急に兄貴が出てくんのよ」

「それは、ルーナがリオ団長にヤリ捨......失恋して、傷心しているって耳にしたものだから......」

「......は、はあ〜〜〜!?」


 その時、男達の大きな笑い声が聞こえた。


「だ、ダメだ! もう我慢できねえ! はははぐひッグヒィッ」


 木陰から、あの意地悪な巨大男『黒き太陽』のゲイリーと、その部下達が姿を現した。男達は腹を抱えて笑っている。


「あ!」


 アランは思わず声を出した。ゲイリーの部下達はさっきルーナの事を噂していた二人だった。


「ははは! 愛してると来たか! んな告り方する奴見た事ねえよ! 挙句に断られるどころか説教されてら!」

「俺はリオに決闘を申し込むのを期待してたんだけどなあ、流石にそこまでの度胸はなかったか!」


 男達は大笑いしたまま、去っていった。遠くの方でゲイリーの、グひぃッグヒッという奇妙な笑い声も聞こえた。


「え、これどういう状況ですか......?」

「あんた、一応聞くけど、あいつらから何を聞かされたの」

「......ぼ、僕は......ルーナがリオ団長に......その......ヤリ捨てられて、それでルーナが傷ついて部下に夜な夜な慰めてもらってるって......」

「は、はあああああ!? 意味わかんない! 全部デタラメよッ。ホラふく方もホラふく方だけど、信じる方もどうかしてるわ! 私以上に兄貴に失礼よ!」


 ルーナは冷ややかな目をアランに向けた。


「告った事、明日には広められて団全員で笑い者にされるんじゃないの?」

「そ、そんな......」

「失礼な勘違いした罰があたったんだわ!」


 アランは地に顔を埋めた。


「もう僕は終わりです......う......うう」

「良い気味よッたく......」

「......うう......好きな人に嫌われて、その上笑い者にされるなんて......うう」

「......」


 アランの姿に少し同情し、ルーナは怒りの表情を和らげた。


「はあ......しょうがないわね。今日の事は忘れたげるから、あんたが一兵並の事ができるようになってから、まあ、考えるくらいはしてやってもいいわ」

「......ルーナ......!」


 涙目だったアランは、顔をあげた。


「あ、ありがとうございます......!」

「たく、世話が焼けるわねぇ....................................ヒック......」

「......ひっく......?」


 アランはルーナを見た。暗くてよく見えなかったが、顔が真っ赤になっている。長い耳の先まで真っ赤だ。


「あの......ルーナ、もしかして酔ってます......?」

「はあああ? そんな訳ないじゃない! こんな野郎共がいる中で酒になんて酔ってたら何されるかわかったもんじゃないわ! ......ヒック!」

「いや、完全に酔ってるでしょう......」


 ルーナは目に見えて、完全に酔っている。

 こんな血気盛んな男達に囲まれている中で、大丈夫なのだろうか? アランはどうすれば良いかわからず、しどろもどろする。


「ゲイリーさあ。あいつ、あんたが憎いんじゃないのよ。私がいけすかないの。だから、私に好意を向けるあんたも気に入らないのよ」

「......」

「ここは男の楽園。女はお断り。そのはずが、私がめちゃ強いから目の上のたんこぶって訳。おまけに兄貴のお気に入りだから下手な事できないしね」

「......なんであんな粗暴な奴仲間にしたんですか?」

「盗賊の頭だったあいつを、強いから兄貴がスカウトしたの。昔はどっかのいいとこの坊ちゃんだったみたいなんだけど、なんか、賊に変な呪いかけられてグレて家出して、盗賊になったんだって」

「呪いって......?」

「詳しくは知らないけど、大人になるにつれ解けてきたみたい。でも、今でも時々あの変な笑い声をあげるのはそれが原因みたい」


 そこまで言った後、ルーナは「......それにしても、なんだか昔そういう話あったような気がすんのよねぇ。なんだっけかなあ」と独りごちた。


 その時、ハーモニカの音色が響いた。ハーモニカは明るい調子の音楽を奏でる。

 今、ルーナやアランから少し離れた所に、大きな焚き火があり、他の傭兵達はそこで屯している。ハーモニカの音色は、そこから聞こえてきた。


 ハーモニカの主は、あの陽気なドワーフ『戦場の鬼』のヴィクターだ。意外と繊細で美しい響きに、傭兵達が手を叩いて喜ぶ。

 それに合わせて、ガハハハッと笑っていたケンタウロスの男、『破壊の執行者』のベンがバリトン声を響かせた。


 ――俺は 最強の男 野蛮な戦場に巻き込まれ 戦士達の旅路は続く


 戦士の歌だ。


 そして、それに合わせて、弦が響く。


 リオが、リュートを奏で始めた。

 リオが今弾いているリュートはもう手作りではなく、本物のリュートだった。リオはリュートを弾きながら、ベンの歌声に合わせて気持ち良く歌った。


 ――傷だらけの魂 誇り高く 揺るぎない意志で 未来を掴む


 ベンのバリトンの1オクターブ上の高さで、リオが綺麗なテナーで歌ってみせる。ひゅうっと傭兵が口笛を吹いて賞賛する。戦場で先陣を切っていた彼は、ここでも注目を浴びていた。


 徐々に傭兵達が歌に加わり、大合唱になる。


「......ここは本当に不思議です。妖精もトロールもセイレーンも、僕は見た事がありませんでした。それだけじゃない。こんなに色んな種族がいる。言葉汚いし、ゲイリー達は相変わらず嫌な人達ですけど、......けど、なんでしょう......何故か騎士団に居た頃より居心地が良いです」


 男達の周りには、妖精達が浮かび上がり、キラキラとした光が周囲を煌めかせた。音楽に合わせて楽しそうに踊っている。木々から生えた水晶が、妖精達の光に照らされて色とりどりに眩く輝いている。その幻想的な光景は一つの宝箱のようだった。


「――ここは、まるで物語の世界のようです」

「物語?」

「あ、いえ、僕、昔は騎士道物語が好きだったんです。なんだか、その一場面を見ているような......そんな気がしたんです。まあ、彼らは傭兵ですけど」

「ふーん、物語、ねえ」


 ルーナは黙り込んだ。リオの歌声がよく響く。ルーナはリオの歌声にうっとりと聴き入っていた。

 しばらくすると、ルーナは口を開いた。


「あのさあ、『王子様と妖精の御伽話』って知ってる?」

「......? ええ」

「王子様は妖精に着いていって旅するじゃん? あれって、最後どうなるの?」

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