44.勝利の宴
その夜。
戦場の聖地ヴゴの森からさほど離れていない野営地にて、金獅子の団の傭兵達はお祭り騒ぎだった。
傭兵達は大きな焚き火の周りに集まり、大量の食べ物と酒を食している。歓声と笑顔で溢れていた。
傭兵達の宴が始まっている一方で、アランは暗い面持ちでテントの中で正座していた。目の前には純エルフの少年(?)ヘンリーが横たわっている。息が上り、顔が赤くなっていてかなり苦しそうだった。
「......はあ......はあ。こりゃ、......今夜が正念場みたいだな......ははっ」
ヘンリーは、アランを庇ってトロールの攻撃を受け、右肩から先を失ってしまった。その時咄嗟に魔法で焼却止血をしたが、傷口から菌が入ってしまったようで、高熱が出始めていた。
「......心配しなくても......エルフは他種よりも、熱とか呪いとか状態異常系に強いんだ。だから、そんなしょげた顔しないでくれよ、アラン君」
「......本当に、申し訳ございません......。僕のせいでこんな事に......」
「アラン君。それは違うよ。君を助けると決めたのは、僕だ。君が金獅子の団に入ると決めたのと同じ、僕自身の判断だよ。だから決して君のせいなんかじゃないさ」
「......」
「......アラン君さ、ルーナが
「それは......ルーナが心配で......」
「でも、ルーナの強さは君もよくわかっているはずだよ?」
「......」
「優しさ? 正義感? ......きっと、そんな物じゃないよね」
「それは......っ、つまり、その......っ......」
「アラン君」
ヘンリーは顔だけアランの方へ向けて静かに微笑んだ。
「惚れたね?」
「――――っ! ち、違います! そんな訳ないじゃないですか! だだだだって、......僕は獣人で、ルーナはハーフエルフですよ!?」
ヘンリーは一瞬困ったような顔をしたので、アランは慌てて言った。
「い、いえ、異種族恋愛を否定する訳じゃないんです! でも、僕に限ってはありえないっていうか......。万一、ルーナが獣人だったとしても、......ルーナと僕なんて、ありえないですよ。僕みたいな弱虫じゃ不釣り合いです。それに......」
「......それに......?」
「ルーナ、多分、リオ団長の事......好き、ですよね?」
「......」
ヘンリーの返答は無言だった。
だが、何も言わずともアランはわかっていた。あんなにキラキラした目でリオを見ていれば、誰だってルーナがリオを特別に想っている事を察するはずだった。
「ルーナとリオが特別な関係にあるのは、確かにその通りだよ。なんせ二人は金獅子の団創設メンバー。昔からずっと一緒にいたからね。でも、お互いが実際の所どう思っているのか、正直僕もわからない。家族愛なのか、それ以上の想いがあるのか、本人達にしかわからないよ」
「......そんなの、......どのみち僕みたいなのが入る隙なんてないじゃないですか。あんなに格好良くて強くて意志があって、......まるで物語の主人公のような......あんな凄い人が隣にいるんですよ?」
「アラン君」
ヘンリーは天井を見上げた。だが、その目はもっと遠くのものを見ているかのようだった。
「エルフにドワーフ、ケンタウロス、人、獣人、ホビット......ここには色んな種族がいる。皆それぞれ人生の線を持っている。それは種族によって長さがバラバラだ。長い者もいれば、短い者もいる。エルフなんか、果てしなく長いよ。でも、
「......」
「......『後悔のないようにしろよ』って事。余計なお世話なのはわかってるけどさ。ま、君が初陣でこりて金獅子の団から出ていくっていうのなら話は別だけどね」
「......ヘンリーさんはなんで点の世界に止まっているんですか?」
「......僕? 僕は......そうだなあ。......戦の世界に足を踏み入れて、最初の内はさ、毎日足がガタガタ震えてしょうがなかったよ。周りの傭兵達は皆笑っててさ、僕は正気を疑ったよ。なんでこの人達は生きるか死ぬかの縁に立たされて笑ってるのかって。そうして過ごしている内にさ、いつの間にか点の世界が癖になってたんだ」
「......」
アランが黙っていると、テントの中に一人のホビットが入ってきた。それと同時にいくつかの光がテントを舞う。妖精だ。
何匹もの妖精がヘンリーの周りに集まった。妖精はルーナやヘンリーらエルフが5歳児くらいになったような見た目で、背中から羽が生えていた。彼らは愛くるしい目で心配そうにヘンリーを見つめる。
(か、かわいいなぁ......)
ルーナが子供になったような容姿の妖精達にアランは思わず見惚れる。
妖精達は体をゆらし始め、キラキラとした粉を出した。粉はヘンリーの傷に降りかかる。
「君達も過保護だなあ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
妖精の粉は、物を浮かせたり傷を回復させる力がある、とヘンリーが教えてくれた。
ヘンリーは妖精達と楽しげに会話している様子だった。しかし、アランには妖精の声が聞こえなかった。
「ヘンリーさん、この子達の声が聞こえるんですか?」
「ああ、エルフもこの子達の仲間だからね」
「そろそろ、よろしいですか?」
ホビットの傭兵が厳しい口調で割って入った。
「あんまり喋るとお体に障るのです。新人はそろそろ出てって欲しいのです。師のお世話は僕一人で十分なのです」
「だそうだ。じゃあ、アラン君また明日ね。僕のためを思うなら、今夜の宴は楽しんでくれると嬉しいな」
その言葉を最後に、アランはホビットにテントを追い出された。
(宴を楽しめって言われても......)
アランは一人ぼつんと立ち尽くす。焚き火の方ではワイワイと男達の賑やかな話し声が聞こえてくる。だが、アランはとてもあの中に入っていく気にはなれなかった。
大怪我をしたヘンリーの事も気がかりだし、幼くして死んでしまった新人仲間のトムや、目の前でトロールに殺された仲間達の姿が頭から離れない。
「............っ......」
「ああ......、......だ」
すると、その時、焚き火の方とは別で、アランの近くで傭兵達の会話が聞こえた。傭兵は二人いるようだった。何の気なしに、勝手に会話の内容がアランの耳に入ってくる。
「それじゃ......それじゃ、まじなのかよ......ルーナがリオにヤリ捨てられたって話」
(――――ッ)
アランは思わず口を塞ぎ、物陰に隠れた。聞き捨てならないセリフを聞いてしまった。
「ああ、本当だ。それで、失恋のショックで夜な夜な部下の男達に自分を抱かせて慰めてもらってるらしい......」
アランは気づけば足が勝手に猛ダッシュしていた。
アランがいなくなると、二人の傭兵は密かに笑った。
「......行ったか?」
「ああ......。ひひひっおもしれーモン見れるかな」
*
「......いた! ルーナ!......ぜえ......っ......」
アランはようやくルーナの姿を見つけた。
「あん? 何よ、そんなに慌てて」
ルーナは焚き火を囲む男の群れから少し離れた木陰に座って、一人静々と酒を飲んでいた。
「――――ルーナ! 僕は、ルーナを......愛しています!」
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