43.妖精の国は幻でしかない
夕焼けの赤い光が空に広がり、雲は深い紫と青色に照らされる。
リオは、立ち退いでいく兵士達を眺めながら考え事をしていた。
戦が終わり、傭兵達は勝利に沸きながら、王都に向けて戦場を立ち退いていた。
本戦は、獣公国からの聖地ヴゴ奪還のための戦だった。
だが、予想外の敵襲__トロールの襲撃にあい、狼聖騎士団、特に黒狼隊が大きな打撃を与えられ一時は敗戦の兆しがあった。
しかし、トロール族との戦いは、リオがトロール族長を討ち取り、指揮系統を失ったトロール軍は敗戦を余儀なくされた。
すなわち、ガルカト王国の__いや、『金獅子の団』の大勝利に終わった。
戦が終わった時、捕まえたトロールの一人に、何故獣公国に味方し、ガルカト王国を敵に回したのか聞いた。トロールは言った。
《......もうジキ、ガルカトの王が代わる。マナがざわついている。独立国は皆怯えデル。今度こそ、選ばれし王が現れるのではナイか、と。そうなれば、ダーグエルふの二の舞になる。だから、皆、ガルカトに服従するか、敵対するかの二択を迫られてイル。ワジ達は誇りをウジないたくなかった》
そこまで思い出して、リオの思考は現実に戻った。
なぜか、いつまで経ってもルーナ隊が動かない。リオはルーナ隊の元へ馬を走らせた。
「ルーナ隊はまだ動かないのか?」
「リオ……」
「?」
牛の獣人デニスがそっと目配せする。その先には跪いたルーナの後ろ姿があった。手を組み熱心に祈っている様子だった。
ルーナはトロール族長との戦いの折、気絶していたが今は意識を取り戻した。傷も軽傷ですみ、今はピンピンしている。
リオは馬から降りて、ルーナの隣に歩み寄った。
ルーナの前には戦場が広がっている。そこにはいくつもの死体が横たわっていた。
そして、ルーナの目の前には小さな死体が横たわっていた。
短い手足を持つ子猫の獣人__トムの死体は深々と腹に槍が突き刺さっていた。
リオが近づくとルーナは顔を上げた。
「……この子、出会った頃の兄貴よりも幼かったのよ」
「……」
「……こんな思いするくらいだったら、次から年齢制限くらい設けようかしらね」
「……」
ルーナは力無く笑った。祈りが終わり、両手を下ろした。
《こうやって、手を組んで毎日祈るんだ。『女神様、どうか今日も私を守ってください』って。でねえと、戦場じゃすぐに死んじまうぞ》
ルーナの中で父親の言葉が脳裏を過ぎった。
「長い戦場での生活で、私は今まで祈りを欠かす事なんてなかった。でも、時々思うの。……何人も目キラッキラさせた野郎共を隊に入れては地獄に送って......こんな奴が今更何を祈ってるのかしらね」
リオは、ぽんとルーナの肩に手を置いた。
「俺や、仲間達のために祈ってくれてるんだろ?」
「……! ……兄貴……!」
ルーナは赤い目を大きく広げた。
2、3匹の妖精が羽をばたつかせて目の前に現れた。彼らは全て、ルーナやヘンリーらエルフが5歳児くらいになったような容姿をしていた。妖精はキラキラと輝く妖精の粉を撒き散らしながら飛び去っていく。
「初めて、妖精を見た時の事覚えてるか?」
「......ええ。兄貴、ちょっとがっかりしてたわよね。思ってたのと違うって」
すると、妖精の一匹が振り返った。不機嫌そうに顔を膨らませる。
「勘違いしないでくれ。君達はとても、綺麗だと思うよ。ただ、俺は......妖精の国って本当にないんだって実感したんだ。御伽話とは違って、本物の妖精は聖地ヴゴの森みたいにただ
リオは戦場を見渡した。そこら中に兵士達の死体が横たわっている。その中には金獅子の団の死体もいくつもあった。
「俺は昔からこの光景が嫌いだった。俺は、子供の時から変わらない。俺は……」
「……」
「……俺は、この戦乱の世を終わらせて、世界を妖精の国のように美しい場所にする。俺の夢は決して変わらない」
「……」
リオは振り返った。そこには、アラン達ルーナ隊が控えていた。皆、リオに注目している。
リオは一人一人の傭兵達の顔をじっくりと見て、そして言った。
「この中には新人もいるだろうから、改めて言わせてもらう。......俺は、――ルーデルを統一する」
「――――ッ」
アランは息をのんだ。
『ルーデルの統一』。傭兵どころかガルカト王国のどの騎士団もそんな事は口にしない。
何故なら、そんな事はありえないからだ。
800年前、ダークエルフを滅ぼした伝説の王ウィリアムが逝去した後、数多の種族がガルカト王国から離脱した。ガルカト王国には種族達をまとめ上げる力が無かった。以来800年間ルーデルは終わりなき戦乱が繰り返されていた。
「800年間誰もなしえなかった偉業を俺は......いや、俺たちは成し遂げる。俺たちは、ルーデルで最も偉大な傭兵団になるんだ! 俺たちにはその力がある!」
ありえない事をリオは当たり前のように声高に語った。
青年の声は力強く、情熱に満ちていた。
青年の声は自然と周りを本気にさせる力があった。
「おおおおおおオオオオッッ」
傭兵達の歓声が響き渡った。
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