42.トロール戦・後編
「弓兵――――!」
勇ましい青年の掛け声が響いた。
金色の鎧に身を包んだ『金獅子』__リオが高らかに剣を掲げた。
「放てッッ」
雨のような大量の弓が放たれる。トロール達は動揺し、後ろに下がった。
アランとヘンリーは同時に振り返った。
そこには、金色の鎧の青年リオと弓兵隊がいた。
大剣を片手に持ったドワーフがアランとヘンリーの元に駆け寄ってきた。
「はろ〜。ヘンリーちゃん、派手にやられちゃってんじゃないの」
その場の空気に不釣り合いな軽い口調のドワーフは、金獅子の団英傑の一人『戦場の鬼ヴィクター』だった。
ヴィクターは巨大トロールの足元で倒れているルーナの方を見た。
「あれぇ、あっちで倒れてんの、ちゃんルナ? 結構やばい事になってんじゃん」
ヴィクターは目を丸くしているものの、どこか余裕のある様子だ。
続々と他の金獅子の団の傭兵達もやってくる。
「ガハハハッ。あんだけやばそうな音が立て続けに聞こえたら、霧で見えなくても寄ってたからずにはいられないのが金獅子の団よ」
ガハハハと豪快な笑い声をあげてやってきたのは、巨大ハンマーを携えたケンタウロスの戦士__『破壊の執行者ベン』だった。
ベンがそう言っている間に、金獅子の団の傭兵達が嬉々としてトロールの軍勢と交戦しだしていた。
ガアアァァッッ
地響きのような咆哮と共に、怒り狂った巨大トロールが傭兵達を薙ぎ払った。
「なるほど、ちゃんルナもあれにやられたって訳ね」
「ガハハハッ、あれはやばい。相当にやばい」
ベンとヴィクターが大口をあけて笑う。
(み、皆、......頭がおかしいんじゃないか? トロールが怖くないのか?)
アランは頭が痛くなりそうだった。数の上ではこちらが多少勝っている。が、アランは、トロール達の威力を知っている。特にあの超巨大なトロールは圧倒的だ。金獅子の団は勝てるのか?
「そうだ、べんちん、丁度良かった。ヘンリーちゃん乗せてやってくれる?」
ベンはケンタウロスなので、下半身の馬の部分で人を乗せることができる。
「ガハハハッだが断るッ! 俺は暴れたい! 怪我人なんて乗せてられるか!」
「あの......僕がヘンリーさんを抱えて安全な所にお連れします......」
おずおずとアランがヴィクターとベンの会話に割って入る。今のアランにできるのは結局怪我人の介抱だけだ。
「お! あんたは例の『ゲイリー入団申請事件』の子じゃないか! 助かるぅ〜」
アランは会釈すると、ヘンリーに肩を貸した。
その時、アランの視界に、地面に倒れたままのルーナが入った。
「――――っ」
アランは息をのんだ。
混戦の中、トロールの一人が今、まさにルーナの首を剣で斬り落とそうとしていた。
「待っ――――! ルーナがッ」
アランは思わず叫んだ。
カキッ
トロールの剣は止まった。......いや、止められた。
リオの剣がルーナを守ったのだ。リオは素早く、斬り返し、バランスを失ったトロールに止めをさした。
「ルーナ! 無事か?」
リオがルーナを抱き抱えた。ルーナは頭から血を流しているものの呼吸は正常だった。どうやら気絶しているだけのようだった。リオは小さく息をはいた。
しかし、安心したのも束の間、巨大トロールの手がリオに迫りつつあった。
《金色の鎧......『金獅子』か。『赤い鎧』に引き続き、戦場の伝説と対面できるとは。『赤い鎧』共々その耳いただくゾ......》
巨大トロールはリオ目掛けて右手を振り下ろす。
「――――!」
トロールの右手を巨大なモーニングスターが受け止めた。
黒髪黒目の巨躯を持つ人間『黒き太陽ゲイリー』だ。
《! ゴのワジの拳を食い止めるとは……!》
ゲイリーは叫び巨大トロールの拳を弾き飛ばした。
《ゴの……ナメるナッッ》
空気を斬りさく轟音と共に他方の拳がゲイリーを襲った。ゲイリーは横に吹き飛ばされる。
リオはルーナを一旦置き、巨大トロールに剣を構えた。他のトロール達がリオに攻撃しようとすると巨大トロールが低く唸った。トロール達は後ろに下がった。
図らずも、リオと巨大トロールの一騎打ちの状況になった。
「い、いけないッ」
遠目で見ていたアランが叫んだ。
「金獅子の団最強のルーナでも負けてしまったんだ! リオ団長が敵うはずない! 危険だ!」
巨大トロールはリオに咆哮した。
《お主も……死ネッ》
巨大な拳がリオを襲う。ルーナの時と同様、右から左からと目にも止まらぬ速さで拳が降ってくる。それを、リオは巧みにかわしていく。
リオは巨大トロールの足元まで走った。トロールの足のかかとを大きな革靴ごとロングソードで斬り裂いた。……しかし、ガッと刀身が跳ね返される。トロールの履いている靴は一見革の靴に見えたが、見かけによらずかなり固かった。鉄か何かが仕込まれているのかもしれない。
跳ね返された衝撃でリオの体勢がぐらつく。巨大トロールはその隙を逃さなかった。トロールの大きな手がリオにのしかかった。
《とッタ……》
巨大トロールはニヤリと笑った。
「り、リオ団長!」
アランは思わず叫んだ。
「アラン君……」
アランが肩を貸しているヘンリーが口を開いた。アランが焦燥感を感じている一方でヘンリーはかなり冷静だった。
「へ、ヘンリーさん! 団長が!」
「アラン君、落ち着いて」
「でも!」
「いいかい、アラン君。君はね、――勘違いしてるよ」
「……え?」
途端、巨大トロールのは徐々に苦痛に顔を歪ませた。
「……金獅子の団最強はルーナじゃない。リオだ」
ガキンッ
鈍い音が鳴り、巨大トロールの5本指が一気に引き裂かれた。トロールは悲痛の叫びをあげた。指が千切れた手の中から出てきたのは、赤い眼光を持った血まみれの青年……リオだ。血は全てトロールの緑色の返り血だった。
「――なっ」
アランは思わず言葉を失った。
巨大トロールは怒りに任せてもう片方の拳でリオを叩きのめそうとする。が、リオはひらりとかわし、カウンターで手首を斬りつけた。巨大トロールはさらに大きな悲鳴を上げた。
あの威力の半端ない攻撃を、ルーナはかわすだけで精一杯だった。だが、リオは冷静に避けるだけでなく斬り返しまでやってのけた。まさに剣の達人だ。
(こんなの……ルーナ以上の化け物じゃないか)
アランはごくりと唾を飲み込んだ。一方ヘンリーは表情に陰りを見せる。
「まずいな。向こうがデカすぎて、弱点をつけない。このままじゃ消耗戦になっていずれはリオも負けてしまう」
その時、リオは駆け出した。巨大トロールが痛がっている隙にその腕を伝ってどんどん上へと上っていく。
「いけないっ! リオ! 無茶だ!」
ヘンリーは叫ぶがリオは止まらない。
巨大トロールが体にまとわりついた虫をはらうかのように身体を振り回す。リオは反動でトロールの肩から振り落とされる。が、ガシッと片手でなんとかトロールの耳を掴み、そして、
――ズザッッッ
リオは勢いよくトロールの両目を斬り裂いた。
ガアアァァッ
今度こそ、巨大トロールは地を揺るがす大きな叫び声をあげてリオを振り落とした。リオは宙に身体を投げ出される。
「リオ――!」
次の瞬間には、リオは地面に叩きのめされて身体がぐちゃぐちゃになるだろう……誰もがそう考え目を覆う。しかし――
「子供達、……来てくれたのか!」
ヘンリーは空を見上げて叫んだ。
不思議な事に、空中でリオの身体が光り輝き出す。
アランやヘンリー、ルーナ、他の人々の周りの至る所に光が生まれる。
「これは……」
アランは目を丸くした。
点々とした光は、よく見るとその一つ一つに人の影が映し出された。
「――妖精だ」
体中に光が集中したリオの身体がふわりと空中で浮かんだ。
リオは身体を翻した。そして__
__巨大トロールの頭に剣を深々と突き刺した。
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