39.巨大な目
セイレーンの大きな牙が、アランの頭を貫く――――
直前、
「アラーーーン!」
男の叫び声と共に誰かがアランの首根っこをひっぱり、セイレーンが横に吹っ飛んだ。
「......痛っ」
アランは後ろの木にぶつかり、我にかえる。
「僕は、一体............マーク! ニック! リッキー!」
正気に戻ったアランの目の前にはルーナ隊の隊員達がいた。
セイレーンはマークの大斧の一撃により、数メートル先まで吹き飛ばされていた。顔が真っ二つに裂けている。にも関わらず、ビクッビクビクビクッと手足をまだ微動させている。
「ァッ......ァぁ......」
悍ましい光景だった。ニックが剣で何度も何度もセイレーンを刺す。
「ったく、新人は世話が焼けるぜ」
「た、助けにきてくれたんですか!?」
「ばーか。んな訳ねーだろ。俺らも迷子なんだよ」
「......」
「で、困ってる時に偶然、セイレーンに喰われそうになってるチェリーボーイが居たから助けた。ついでだついで」
「だ、誰がチェリーボーイですか!」
「うえーん、もう僕の事を理解してくれるのは君だけだ!」
リッキーがいやらしく両手をわきわきする。
「24歳童貞が文字通り喰われそうになってんなよ」
「や、やめてくださいっ」
かああっとアランは顔が熱くなった。
ニックの剣が止まった。セイレーンがやっと動かなくなったようだった。
「......やれやれ。たかがセイレーン一匹に何殺られそうになってるんだ。ルーナ隊の名が泣くぞ全く」
「霧がどんどん濃くなってくるな。早く本陣に向かわないと」
「おい、アラン。お前猫の獣人だし嗅覚で本陣の場所わかったりしな――――」
グチャッ
――――アランの視界が、一面黒になった。
「........................え?」
「......は?」
否。
それは巨大な斧だった。
アランはゆっくりと視線を下に移す。
......上、と、下。
ニックの体が綺麗に上と下に分かれていた。おびただしい量の血が流れ、血の池と化す。
アランはやっと気づいた。彼は、巨大な......斧に切り裂かれていた。
アランはゆっくりと。ゆっくり、ゆっくりと、上へ視線を移す。
自分の身長の何倍もの高さの先に巨大な目が二つ。
「........................あ......」
ざらついた、緑色の皮膚。
尖った爪、大きな牙。
「......ぁ......ア......」
「......トロール、だ」
凍りついた表情で、マークが呟くように言った。
――――ガアアアァッッ
鼓膜が破れるような咆哮がこだました。
「ち、ちくしょうッ......ニック! この――――」
グチャッ
リッキーは最後まで言葉を発するまもなく、鋭い斧の餌食となった。右肩から腰にかけて一気に引き裂かれ、赤黒い液体と内臓が溢れる。
「ひ......ひぃ......」
マークは顔を引き攣らせてトロールから離れようと走った。だが、寸前石につまずいて倒れてしまった。
「......ひいっ......あ、アラン助け......助けてくれー!」
アランの頭は完全に思考停止した。
こんな所にいるなんて聞いていない。トロールなんて人生で一回も見た事がない。何も知らない。どうしたら良いか全然わからない。
「あ、あああアアアアアアアアア――――」
巨大な斧は一気に振り下ろされ、マークの体を縦に両断した。脳みその断面が剥き出しになり、どろりと目玉が飛び出る。
「......あ......」
トロールは狂気を帯びた目でアランを見下ろした。赤黒い血がついた斧を再び持ち上げ、そして、――アラン目掛けて振り下ろした。
逃げなくては次の瞬間には死ぬ。
だが、足が動かない。目の前の現実が受け入れられない。
「――――アランッ」
別の影が現れ、アランは後ろへ押し倒される。
「うっ......」
木に頭を強くぶつけたアランは一瞬視界がちかちかする。
「......っ......。......! ヘンリーさん!」
銀髪に銀色の瞳、そして長い耳を持つ少年。アランを助けてくれたのはヘンリーだった。しかし、......
「......ひっ......」
アランは思わず悲鳴をあげた。
――ヘンリーの右肩から先がなくなっていた。傷口から大量の血が流血していく。
「......う......グゥ......」
「あ......そん、な......」
ヘンリーは身体中から滝のように汗を流し、まさに死人のように顔色が蒼白になってゆく。
アランは動かない頭を必死で回転させようとする。そうしている間にも、緑色の化け物は斧を持ち上げる。
「......しうえふぃhぶh」
「............いfじゃしうでぃあ......djfjっhぃえ......」
ヘンリーはうめきながら、何事か言葉を紡ぎ出した。それは、およそこの世の物とは思えない発音だった。
「jしfぁ......痛覚遮断」
紫色の光がヘンリーの体を覆った。
(......! これは......!)
アランは全身鳥肌がたつのを感じた。
『炎の死神ヘンリー』。ヘンリーは、火を操って敵を屠る事からこの異名がついた。
どうやって操るのか。
それは、魔法だ。
彼はエルフとしてその長い年月の間に培ってきた知見を活かして魔法を使う事ができた。なにも、魔法を使えるのはかつて全滅した種族ダークエルフだけではないのだ。
「......えふぃあいひkjdbふぃh......焼却止血ッッ」
まばゆい光が放たれ、アランもトロールも目を細めた。光と共に、ヘンリーの肩の傷口に高熱が集まり、表面の肉が変色し固まった。
「......はぁ......っはあ......」
ヘンリーは全身汗で濡れながらゆっくりと立ち上がった。
「! ヘンリーさんッ!」
「......トロールよ。何故君は僕達の戦いに関わる?」
ヘンリーの問いかけにトロールは巨大な口を開いた。
《ワジ......コダえる義理ナイ......死ネ》
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