40.トロール戦・前編

《ワジ......コダえる義理ナイ......死ネ》

「......」


 ヘンリーは汗だくの体でふらふらと立ち上がった。


「......jxdfにsjんぢう.....」


 再び、この世のものとは思えない発音を紡いだ。


「炎よッッ」


 ――ボワッッ

 無くなった右肩の先が燃え上がり、そして、炎の剣になった。


「子らの......森を燃やしたくなかった......けど、仕方......ない」

「......へ、ヘンリーさん!」


 アランはようやく声を振り絞ってヘンリーの名を呼ぶ。


「......アラン君、君だけでも逃げるんだ......。僕が......時間を稼ぐ」

「そ、そんな......」

「君はいい奴だ。それに若い。長く生きて......ルーナを守ってくれ」


 すると、トロールが再び身を震わす低い声を発した。


《逃がザナイ......ふダリまとめて......殺ズ......》


 巨大な体をゆっくりと動かし、巨大な斧を高く掲げた。

 それと同時にヘンリーは炎の剣を構えた。


 太い木の幹のような斧が、空気を切り裂くように振り下ろされる。それと同時に炎の剣も動く。


「......や、あああああアアアッッッッ」

(む、無茶だ! ヘンリーさんッッッ)


 アランは思わず目を瞑った。


「――――頭を下げて! ヘンリー!」


 途端。

 爆発音にも等しい金属が交わる音が響き渡った。


 アランはゆっくりと目を開けた。


 トロールが反動で後ろに下がり、そして、こちら側には赤い何かが飛んできた。ズザザッと地滑りしてなんとか体勢を崩す事なく着地する。

 それは、全身を赤い装甲で包んだ、銀髪のハーフエルフ。――――ルーナだった。


「ルーナ!」


 トロールの斧がヘンリーに当たる寸前、ルーナがロングソードで斧を止めた。ヘンリーは地面に倒れ、剣を交えたトロールとルーナがそれぞれ反動で後ろに吹っ飛んだのだ。

 ルーナの乗っていた馬が、足が折れたのか倒れ込む。更に、ルーナのロングソードの刀身が真ん中で折れて地に落ちた。トロールの斧の重量に耐えられなかったようだ。


「ちっ、お気に入りだったのに......っ」


 ルーナが来てくれたのは良いが、こちら側がピンチなのは変わりなかった。たった一太刀交えただけでルーナの剣が折れたのだ。トロールの威力は尋常ではない。


「ルーナ! 僕も加勢を......!」

「あんたはいい! ヘンリーを頼んだわよ!」


 加勢しようとすると素早く断られた。アランは込み上がってくるものを感じた。


(こんな土壇場なのに、僕は役立たず扱いですか......)


 悔しくてアランはぎゅうっと地面の草をつかむ。だが、ルーナの次の言葉は意外なものだった。



 ガアアァぁぁッッ


 地響きのような雄叫びをあげてトロールが音をたてて斧を振った。ルーナは機敏に身をこなし、斧をかわす。


 ――――速い


 動体視力に自信のあるアランでさえルーナの動きに目が追いつかなかった。

 ルーナは身をかがめ、トロールの股下に滑り込む。そして、トロールの背後をとった。


「らァッッ」


 折れた剣で、一斬り、二斬り、三斬り四斬り五斬り六七八......何度も何度もトロールの厚い皮を引き裂く。トロールは激しく咆哮しながら体を引き攣らせ、ついに地に倒れた。


 ルーナは息を切らせながら、倒れたトロールを見下ろした。


(す、すごい......)


 アランは改めてルーナの強さに感嘆した。トロールやセイレーンみたいな化け物を見るのは人生で初めてだったが、ルーナの方が余程化け物だ。


(僕は、本当にこの人に......こんなすごい人に......)


 ルーナはちらりとヘンリーを見た。右肩の傷は凄惨で、見るだけで痛々しい。


「言っとくけど、ヘンリーだって、本調子ならこんくらいできるんだからね」

「ははっ......ふがいない......」

「......」

「......ヘンリーさん......僕のせいで......」


 その時、突然、地面が揺れた。


 ......ズーン、ズーン


 さっき、馬に置いてかれた時と同じ、地鳴りが響く。


 倒れていたヘンリーがカッと目を開く。


「う、嘘......だろ......」


 霧が深くたちこめ、その奥から不気味なうめき声が聞こえてくる。次第に霧の中からその影が現れる。最初はぼんやりとした影が見えただけだったが、やがてその数が増えて、大きな音が近づいてくるのを感じる。


 霧の中から大量のトロールが次々と姿を現した。彼らの巨大な体躯が暗い霧の中で揺れ動き、荒々しい咆哮が混ざり合って恐ろしい合唱となる。


 そして、そのトロールの群れの後方から、更に重々しい足音が聞こえ始める。アランの鼓動が加速する。霧がわずかに晴れて、それは姿を現した。


ヘンリーは枯れた声を振り絞って出した。


「セイレーンの濃霧は森で僕らを分断させるためだけじゃなかったんだ......。を隠すためだ」


 他の何倍もある、――――超巨大なトロールが姿を現した。

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