28.剣の重さ

 2秒もたたなかった。


 勝敗は、決まった。


 熊男の腹に深々とルーナの刃が突き刺さっている。熊男は口から血をふきだした。誰もが、目の前の状況を飲み込めなかった。


(嘘......。あんな巨人みたいな奴を、一撃で......)


 まるで、時間が停止したかのようだった。


「..............................か、閣下が......やられた......

「............クソッ......殺せ! 奴を殺すんだ!」

「相手はたったの一人だぞッ。取り囲んで一気に攻撃するんだ!」


 この場にはおよそ4、50人の兵士がいる。


「雑魚が何人束になろうが、変わんないわよ」


 対して、ルーナは一人。どう考えても絶望的な状況で、余裕そうな表情で煽っている。


(あの女エルフは本当に......本物のあの『赤い鎧』なのか......? い、いや、今はどうでもいい。あの人はなんで単身でこんな所まで潜り込んできたんだ。確かに、敵国の総大将を倒したのはかなりの功績だが、それでレウミアを取り戻せるわけじゃない。ここには何千何万の敵兵がいるんだ。いずれは数の暴力で負かされる。こんなの自殺しに来たようなものじゃないか!)


 アランがそう考えている間にも、鋭い刃が光を放ちながら、彼らは激しく交わる。


「――――っ!」


 ルーナはあたかも相手の動きが最初からわかっているかのように、優雅に攻撃を避ける。隙をついて迅速で強力な攻撃を繰り出す。そして、また巧みに相手の攻撃をかわす。


(し、信じられない......数十人対一人だぞ......)


 アランは、まるで劇を見ている気分だった。幼い頃憧れた騎士道物語。予定調和されたかのように、ルーナの剣は敵にあたり、敵の剣はルーナにあたらなかった。


「やああああっ」


 エマの勇ましい叫び声がした。見ると、エマや他の捕まった女達も兵士に殴りかかっていた。


「......こんのッアマ!」

 

 怒り狂った兵士が女の一人の髪を鷲掴みにし、剣を差し向けた。女は恐怖に顔を歪めたが、すぐにルーナが駆けつけて兵士の背中を斬る。


「加勢はいい! あんたらは逃げるか隠れるかしてなさい!」


 女達は頷いてお互いの拘束を解きあった。


 女の一人がアランの縄も解いてくれた。


 気づけば、謁見の間は血の海となり、数十人いたはずの兵士達は地に倒れている。だが、まだ、廊下の方から異変を察知した兵士の走る足音が聞こえてくる。

 一方、ルーナは流石に疲れが出てきたようだ。身体中に血がべったりつき(ほとんどが返り血だろうが)、汗だくで息がきれている。


 カランと、アランの目の前に剣が落ちる。ルーナが投げ落としたのだ。


「......っ......はあ......ぁ......。......。......あんた、兵士だか騎士だか知らないけど、戦えるんなら戦って。私だけじゃ女達を守れないわ」


 アランは一瞬、自分に向けて投げられた言葉だと思わなかった。

 地面に落ちた剣を前に、アランはためらった。剣は光を反射し、輝きながら彼を呼んでいるかのようだった。


「......ごめんなさい。僕......には、この剣を持つ資格はありません......」

「あ? あんたガルカトの兵士なんじゃないの? ブルガン家を守るのが責務じゃなかったの?」


 アランはちらとエマを見た。気丈に振る舞っているようだが、顔は真っ青で今にも気絶してしまいそうだ。


「......貴方だって見たでしょう? 僕は情けない男です。僕は......騎士の家に生まれるべきじゃなかったんですよ」

「あっそ」


 新たな兵士達が扉から入ってくる。


「その剣を拾うかどうか、決めるのは私じゃないわ。他の誰でもない。決めるのは、あんたよ」


 ルーナはアランに背を向け、剣を構えた。


 気づけば、アランの手はゆっくりと剣に伸びていた。だが、その指先が剣に触れる寸前で止まる。前まで、稽古でも小戦でも当たり前のように握っていた。だが、今はその重みに押し潰されそうだ。


「きゃああ!」


 その時、少女の叫び声が聞こえた。エマが兵士に狙われていた。


 考える暇はなかった。アランは、目の前の剣を拾いあげた。


「う、うわあああああッ」


 アランは力いっぱいに兵士の背中に斬り込んだ。返り血が飛び散り、兵士が倒れる。

 ルーナはうっすらと笑みを浮かべた。


 しかし、アランが加勢した所で、一人が二人になっただけだ。対して相手は無数。次から次へと敵兵が入ってくる。状況は絶望的だった。


 すると。


「......まあまあ、早かったわね」


 ルーナが静かに言った。


「――――じょ、城門が、開いたぞッ!」

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