27.『赤い鎧』の正体

 ハーフエルフを名乗る女は、予想以上に口が悪かった。


「……」

「……」


 思わず、その場の全員が閉口する。

 時間が止まったかのような静寂に包まれた。


「......」

「......カッカッ」

「……」

「カッカッカッ! いい……! いいぞ! いい!」

「……」


 やがて、熊男がひとりでに高笑いし出した。


「儂はこんなイキのいい女をみすみす見逃がす所だったのか。......メイドはもういい。このハーフエルフとやらを連れて行け」

「御意に」


 兵士たちが二人、ハーフエルフの両脇に立った。


「あんた、後悔するわよ」

「カッ……! いいねえ……! 息巻いてろ。女は強気であればある程昂る」

「キショイ事抜かしてんじゃないわよ」


 兵士の一人が剣をハーフエルフに向けた。


「貴様! 黙って聞いていれば……! 閣下に向かって無礼だぞ!」

「……」


 ハーフエルフは兵士をにらみつけた。熊男はまた口がにやける。


「後悔ならしている。エルフがこんな心踊らされるものだったとは。人生のもっと早い内にエルフに興味を持つべきだっ――――」


 言葉は最後まで発されなかった。


 何故ならば、

 

「ぁぁぁああああアアアッッッッ」


 兵士の一人が絶叫した。ハーフエルフの両隣にいた兵士の内の片方だ。鼻を両手で抑えているが、大量の血が漏れ出ている。

 そして、もう片方の兵士。その肩に、ハーフエルフがまたがっていた。ハーフエルフは拘束された腕を思いきり横に振り、勢いづけて下半身を反対方向に回した。

 ゴキリッ……という嫌な音が首から鳴って、兵士は一言も発する事なく倒れた。ハーフエルフは素早く地に着地する。


 ハーフエルフは右足を上げた。右足の靴底がキラリと光る。小さな刃が仕込まれている。一人目の兵士はこれで鼻を斬られたようだ。ハーフエルフは刃で腕の縄を素早く解いた。


「......ッ曲者め!」


 兵士の一人がハーフエルフに斬りかかった。まるで背中に目があるかのようにハーフエルフはあっさりとよける。

 別の兵士が足払いする。ハーフエルフはさっと飛び上がり、逆に敵に回し蹴りを食らわせた。


「貴様ッ!」


 別の兵士がハーフエルフに飛びかかる。体重がのしかかり、ハーフエルフを押し倒した。


「死ねッ」

 

 兵士はハーフエルフの顔に剣を突き立てる。


「――――っ」


 ハーフエルフは兵士の体に足を巻きつけた。兵士の首から血柱が飛び散る。ハーフエルフの靴底に仕込まれた刃で掻き切ったのだ。


「本当は、まだタイミングじゃなかったんだけど、まあいいわ。あ〜、捕まった捕虜のふり、だるかった」


 ハーフエルフは兵士の剣を持ち、立ち上がった。


「一言言っとくけど、あの子を守るのは正義感からじゃないわ。さっきあんたが言った通り、金、よ」


 手癖でぐるりと剣を回す。欠けた右耳のすぐ先を刃が通り過ぎて行く。そんな小さな動作でさえ、剣にいかに慣れているかが伺える。


「私の任務はレウミアの領主ブルガン家を助ける事。そして、レウミアの城門を開城させる事」

「貴様......ただの女じゃないな」


 熊男が低い、唸るような声を出す。


 ハーフエルフは右手で小さく十字をきり、剣を両手で握りしめた。


 熊男はぴくりと眉をひそめた。


「その構え......仕草......。見覚えがあるぞ。かつて、戦場で見た。まさか......お前が......」


 熊男は驚きの目つきでハーフエルフを見た。


「お前が、......――――『赤い鎧』、なのか......?」

「......」


 ハーフエルフは答える様子はなさそうだった。

 だが、熊男は確信した。


 目の前のハーフエルフは、戦場の生きる伝説__『赤い鎧』だ、と。


「......カッ」

「......」

「カッカッカッカッカッ......! 久しぶりに......本当に久しぶりに、血がたぎるわい! ああ......『赤い鎧』。お前に再び相見える日がくる事をどれ程待ち侘びたか......」

「......」


 ハーフエルフは何も答えない。


 熊男は満足げに笑い、そして、大剣を構える。

 瞬間的に、部屋の中に緊張が充満する。凍りつくような感覚が広がり、誰もが圧倒される。


 アランはゴクリと唾を飲み込んだ。


「獣公国総大将ドンだ。お前も一戦士だと言うのなら、名乗れ」

「......ルーナ」


 ハーフエルフ__いや、ルーナはその一言だけ言って剣を構えた。

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