26.そのハーフエルフは口が悪い

 エマだ。エマが声をあげた。


「......あ?」


 熊男はエマにギョロリと目を向けた。彼の恐ろしい形相に、エマはたじろぐ。


「その者の主人は私よ! 私にはメイドを守る義務があるわ!」

「......なんだ? このチビは」

「ブルガン家一族の生き残りかと思われます」


 兵士の一人が答えた。

 熊男が面倒くさそうにため息をつき、腰にさげていた大剣を抜き取った。


「それで、どうするんだ、お前は。メイドを連れてく前に私を倒していけとでも言うのか?」

「......!」


 血だらけの刃にエマは涙目になって息をのんだ。


 エマは小さな手で握った人形を高く掲げた。赤い布のような物を着た人形。

熊男は訝しげに眉をひそめた。


「あんたみたいに悪い奴は『赤い鎧』様がやっつけに来るわっ!」

「何? ……赤い鎧だと?......」


 熊男は少しの間押し黙った。どこか懐かしげに目を細める。


(『赤い鎧』......)


 アランも聞き覚えのある響きに密かに反応する。


「赤い鎧......赤い鎧かあ......。......カッカッカッ!」


 突然、大口を開けて笑いだした。


「懐かしい響きだわい! 赤い鎧の戦士というのはあの『金獅子の団』の『赤い鎧』の事だろう?」


 『金獅子の団』


 ガルカト王国の民ならば、その名を知らない方が珍しい。――だ。

 

 金獅子の団は『金獅子』と呼ばれる人物が結成した、新興の傭兵団だ。メンバーは若者が中心にも関わらず、強者揃いである。ここ数年、数々の戦においてガルカトを勝利へと導いてきた。

 とりわけ目立つのが、金獅子の団の7大英傑だ。彼らの強さは化け物並だと囁かれている。ただの若者のかき集めのような集団がここ数年活躍し続けたのは彼らの存在が大きい。

 

「奴らとは二度戦場でやりあった! そうか、ここでは英雄扱いなのだな、あいつらは。......ああ、確かに金獅子の団は強い。中でも『赤い鎧』は、儂が戦場で会った中でも1、2を争う強者だった。......これも、奴にやられた物だ」


 熊男はさらりと自分の頬の大きな傷を触った。


 金獅子の団7大英傑の一人『赤い鎧』は、最も有名な戦場の伝説だ。その言葉通り、血のように真っ赤な鎧を身に纏った剣士である。常に甲冑で全身が覆われているため、。老人なのか若者なのか、男か女なのかさえわからない。中には、ダークエルフの黒魔術で復活した悪魔なのではないかとさえ噂されている。


「だが......」


 熊男は冷たく嘲笑った。


「奴らは、先のノーレナウ要塞攻略戦で大敗し、めっきり姿を見せなくなった。死んだんだよ、『金獅子の団』も『赤い鎧』も」


 熊男は大口を開けて高笑いした。エマはカッとなって大声を張り上げた。


「そんな事ないっ! きっとどこかで生きているわ! そして、私達を助けてくれる!」

「カッカッカッ! お前の言う通り、もしかしたらどこかで生き延びているのかも知れないな。だが、万一そうだとしても、奴らはただの傭兵だ。いつまでも義理堅くガルカトの味方をするだろうか? 儂が金獅子だったら、滅びゆくガルカトでなく、獣公国に味方するがのう」

「......なっ! そんな事ない!」


 熊男はエマから『赤い鎧』の人形を取り上げた。


「さあ、おしゃべりは終わりだ。儂に幼女趣味はない。ブルガン家だかなんだか知らんが、ここで死んでもらおう」

「......や、やってみなさいよ! 死ぬのなんか怖くない!」


 エマは虚勢をはる。が、足は震えている。


「や、やめろおおお!」


 アランが声を振り絞って叫んだが、熊男は聞く耳を持たない。


 熊男は刃を高く掲げた。


 その時。

 捕まった女達の中から、

 

 その女は、他の女達と同様に腕を縄で拘束されているが、ボロ切れのようなマントを被っていて、顔がよく見えない。城下で捕まった一般市民だろうか?

 女はエマを守るようにして立ち塞がった。


「......私がいる限り、この子には指一本触れさせないわよ」

「………………ほう......?」


 熊男は、エマの頭に、ゆっくりと人差し指をおいた。


 とんとんとん......


 人差し指で軽くエマの頭を叩いた。これには、兵士たちからも笑いの声が上がった。


「あのな、儂もこう見えて忙しいのだ。たかが女の癖に、皆して正義感振りかざしあうな。面倒臭い。それになんだ、その小汚い格好は。此奴をどこから連れてきた」


 兵士が一人前に進み出た。


「はっ、城外の森にて逃げているのを捕まえました! 中身をご覧になればお気に召すかと......」

「はあ?」


 熊男は煩わしそうに、女のマントを取った。すると、


「――――」


 熊男は、思わず息をのんだ。


 まるで妖精の姫のような、美しい女だった。

 

 肌は月のように白い。絹のような銀色の髪を一つに三つ編みを編み込み、高級なカーテンのように肩にたらしていた。瞳は赤く、真紅の宝石のように妖艶に輝いていた。


 そして、何よりも彼女を特徴づけたのは、人間にしては細く長い耳だった。


「......エルフ、なのか?」

「......」

「なんと、......なんと美しい。エルフは皆同じ顔と聞くが、エルフ村ではこの顔が何人も群れをなして暮らしているというのか......? それにしても、この赤い目の輝き……! まるでルビーのようだ」


 熊男が感心し、女に見惚れる。


 それを聞いた女が、口を開いた。


「あ? よく見なさいよ。目ん玉腐ってんじゃないの?」

「......」

「エルフよりも耳が短いでしょうが。、この老眼エロクソじじい」


 エルフ__否、ハーフエルフを名乗る女は予想以上に口が悪かった。

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