21.血のように赤黒い瞳の少年
鳥男が、後ろに倒れてきた。
喉には横一直線に深い剣跡があった。くちばしから血の噴水を吹き出す。その奥には金髪の少年が立っていた。
「......ッ」
少年の表情は冷たく、瞳は血のように赤黒い色を帯びていた。ルーナの知っているリオじゃないようにルーナは感じた。
「......なっ、こいつ......!」
猫男が短剣を持ってリオに飛びついた。猫男は次々とリオに向けて短剣を突き出した。ルーナと戦った時はロングソードだったが、短剣を持った今の猫男の素早さは尋常ではない。ルーナに負けず劣らず速い。だが、リオは軽々と猫男の刃を避けた。
ルーナは目を大きくした。
今のリオは赤い線がいっさい見えない。
狐男でさえ、急所を示す赤い線が、時々1、2本見えた。その時は体が追いつかなかったので結局負けてしまった。だが、リオは『時々』すら見えなかった。一緒に生活していた時は無数の赤い線だらけだったのに、だ。
それは、リオにいっさいの隙がない事を意味する。リオの視線、体勢、表情がこの場の全てを捉え、把握していた。
「アアあああッッ」
悲痛の叫びをあげたのは猫男だ。胴体から大きく斜めに血が吹き出した。リオの短剣に深々と斬られたのだ。
「サム!」
ロビーはロングソードを掴んでリオに向けて斬り込んだ。しかし、長い刀身が家の壁にあたり、体のバランスが崩れる。すると、狐男がロビーを強く蹴飛ばした。ロビーは壁にぶつかる。さっきまでロビーの体があった所にリオの短剣がヒュンと空を斬った。間一髪で、ロビーの腹が深々と斬られる所だった。
「馬鹿! こんな狭い所でロングソード使う奴があるか! お前は引っ込んでろ!」
狐男がいうまでもなく、ロビーは壁にぶつけられた衝撃でくらくらと倒れてしまった。
「まさかあのサムの速さについてこれる奴がいるとはな。しかもガキだ。あのハーフエルフの女みてえに長生きしてるってわけじゃねえよな。......サムに軽量武器持たせたら右に出る奴はいなかったんだがな。但し、俺以外で、の話だ」
狐男は目にも止まらぬ速さでリオに何度も斬りつけた。リオは今度は体を避けるだけでは追いつかず、短剣でいくつか受け止める。
「避けるので精一杯ってか?」
しかし、その打撃も一つ一つが重い。ほんのわずか、リオの重心がずれる。
「死ねェッ」
狐男は豪速球で短剣を上から斬った。リオは剣でそれを受け止める。
狐男はニヤッと口角を釣り上げた。この一撃には全体重を乗せている。到底、そんな受け止め方では止めきれず、剣はリオの頭を貫くだろう。
だが、予想は大きく外れた。
リオの剣は狐男の剣を左にしなやかに流した。
「......は」
狐男の表情がこわばる。狐男の体勢が横にずれ、その隙にリオは相手の脇腹を刺した。
「____」
リオは素早く狐男の脇腹から剣を抜く。傷口から赤黒い血が噴水のように吹き出し、狐男は倒れた。そして、彼はそのまま動かなくなった。
勝敗が決まった。
ルーナは始終口を閉じる事ができなかった。
天才だ。
ルーナはそう感じた。狐男はバリーに匹敵する強さだ。それを、こんなあっさりと倒してしまった。
長年戦い続けた達人とも違う。全体を素早く冷静に把握する鋭い勘と、膨大に蓄積されたあらゆる剣の型を身につけつつ、状況に合わせて攻撃方法を滑らかに変化させる柔軟さがあった。
再び、ばちりとリオと目があった。
「ルーナ!」
表情がやわらかくなる。彼はルーナの知っているリオに戻っていた。
「......」
リオは急いでルーナの縄を解いてやる。
「……」
「無事で良かった……」
「……ん」
ルーナはリオに力いっぱい抱きしめられた。少し苦しかった。
「グヒッ、グヒッ……ひイイ」
「うわ! なんだこいつら」
突然、ロバになったゲイリー達が暴れ出す。リオはゲイリーだけ顔がロバになっている異質な光景に思わず息をのんだ。ロバの3人は両腕を縛られていて転げながらルーナ達の元へやってくる。
ルーナがゲイリー達の縄を切ってやると、彼らは暴れ馬のように家を飛び出して行った。
「なんだったんだ……」
「……人間だった子達よ。魔法でロバにされちゃったの。兄貴も……あのまま捕まってたらロバにされてたかも」
「……まじか」
ゲイリー達は古代ダークエルフの魔法でロバになってしまったが、元の姿に戻れるのだろうか? 疑問がふとルーナの頭をよぎったが、自分には関係の無い事だと頭を振った。
その時、ネズミの少年_ロビーが起き上がった。
「……ッ」
ルーナは短剣を掴んだ。だが、ロビーはこちらを見向きもしない。狐男の元までヨタヨタと歩いてくとただぼうっと見下ろした。
「ルーナ、行こう」
リオはルーナの手を引っ張った。ロビーは完全に戦意喪失している様子だった。これ以上ここに居る意味が無い。
(……)
ルーナはリオに引っ張られるままに外へ出る。
(......なんで......)
だが、何故か外へ出て家の扉を閉めるその瞬間までずっと、丸くなったロビーの背中から目が離せなかった。
*
外に出ると、空にはまん丸ではない少し欠けた月が浮かんでいた。
やがて、ルーナはハッとした。
すぐに、ルーナはリオに掴まれた腕を払い除けた。リオは驚いて振り返る。
「よ、よく考えたら、なんで兄貴なんかと一緒に居んのよ!」
「うわっ急にどうしたんだよ」
「兄貴なんか大っ嫌い! 私の聖書捨てた癖に馴れ馴れしくしないで!」
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