22.仲直り
大きな足音を立ててルーナは夜の街を歩く。
「おーい、どこまで行くんだー」
ルーナの怒りに反して、後ろから気の抜けた声がする。
「ついてこないでっ」
「ルーナ、さっきの事なら、俺が悪かったよ。聖書捨てたのはやり過ぎた。反省してるよ」
「……」
ルーナは構わず、すたすた歩いていく。
「親父さんの事も……部外者の俺が言っていい事と悪い事があるよな……。ごめん……」
「……」
「聖書はまた俺がどっかで手に入れるよ。必ず。……だから機嫌直してくれない……かな?」
ルーナは頭が沸騰しそうになって立ち止まった。
「!」
ルーナは振り返り、リオの頬をはたこうとした。
だが、リオはいっさい避ける素振りを見せなかった。リオのさっきの反射神経だったら、いくらでも避けたり防いだり、あるいは反撃することだってできただろう。だが、リオは何もしようとしなかった。ただ、頬を叩かれるのを待った。ルーナはリオのその態度がますます我慢できなかった。
「う」
「……う?」
ルーナは手をパーでなくグーに変えた。
「うおおおおあああああッ」
「!? ___ッ」
殴られ吹っ飛ぶリオ。
「……」
「……」
「……気はすんだかよ」
起き上がったリオの顔には大きな赤いアザができていた。じとーっとルーナを見つめる。ルーナは怒りと罪悪感が入り混じって頭が爆発しそうになった。
「ふん!」
ルーナはまたスタスタと目的なく街を歩いて行った。
「はぁ……やれやれ」
リオは再びルーナの後をついていった。
*
しばらく夜の街を歩いていた時、ルーナは教会の前で人影を見た。
「子供は騙されないし、神父にはどやされるし……なにさ、ちょっとぐらいこの老いぼれに優しくしてくれもいいじゃないか」
ルーナは立ち止まった。
「ん? おやまあ! さっきのハーフエルフの子じゃないか!」
「シスターのおばあさん」
人影は絵本の読み聞かせをしていたシスターだった。シスターは暗がりでもわかるくらいにパッと顔を輝かせた。
「お前さん丁度良い所に! 今だったら、まださっきのドラゴンのペンダント買えるよ」
「え!」
シスターは懐からさっきのドラゴンのペンダントを取り出して見せた。思わずルーナの耳がヒョコっとあがる。
「あれから結局他の子達は何かと理由があってドラゴンのペンダントを買えなかったんだ。きっと主はあんたが買うように仕向けてくださったんだ」
「? ルーナの知り合い?」
そこへ後ろからついてきていたリオがやってくる。すると、シスターが驚いて食い入るようにリオを見つめた。
「あらま、随分上等な子だねえ……(もう4,5歳年取っていれば好みだったのに……)」
シスターがぶつぶつと何か言っていたが、ルーナにはよく聞こえなかった。
リオが何か思い出したかのように口を開く。
「そういえば、花街の女性向けの店に最近よくシスターの婆さんがうろついてるって聞いた事あるんだけど、もしかして……」
「(ぎくっ……)、知らないねえ! まさかシスターであるこの私が子供から金巻き上げて色狂いなんてするわけないじゃないか!」
「最低かよ」
じっとリオがシスターを見つめるが、シスターは必死で顔をそらした。ルーナは頭の上に「?」がついている。
「そ、それで! どうだい? エルフのお嬢さんドラゴンのペンダント買うかい?」
「もしかして、ルーナ、こんな石ころが欲しいの?」
「......なっ......石ころって何よ! これはただの石じゃなくてドラゴンのペンダントなのよ! 昔、女神様が王様にドラゴンの力を授けた聖なるペンダント! どうせ兄貴は神様なんて信じないからどうでもいいんでしょうけど、私はこれが欲しいの! 絶対買うの!」
「そんな事言ったって……。……婆さん、これいくらなの?」
「銀貨3枚だよ!」
「銀貨3枚!? 冗談だろ!? ルーナ、本気じゃない……よな?」
「買う!」
「でも、そんな大金持ってないでしょ」
「足りない分はお婆さんの所で働いて稼ぐからいいもん」
「いやいや、そんなの婆さんだって困るだろ。諦めて帰ろ、ルーナ」
「いーやー!」
ルーナは地面に座り込んだ。
「私絶対ここ動かないから! 死ぬまでここにいるんだから! バカバカバカ!」
「あーもう!」
リオは初めて声を張り上げた。
ルーナはリオを睨みつけた。今度こそリオが怒ると思った。
しかし、予想に反して、リオはシスターに振り返った。
「......はいこれ。俺の全財産」
リオはシスターに懐から金の入った袋を渡した。
「銅貨だらけだね。どれ、今数えるよ。……ピッタリあるね」
「……全財産なんだけど」
「まけないよ」
リオは代わりにシスターからドラゴンのペンダントを受け取った。
「ほら」
リオは受け取ったペンダントをルーナに渡した。
「そんな……なんで……」
「欲しかったんだろ?」
ルーナはおずおずと頷いた。
完全に拍子抜けたルーナは怒りがすっかり抜けてしまった。
「だって、私、......兄貴のリュート壊しちゃったじゃん。一生懸命作ったリュート......」
「俺もルーナの聖書捨てちゃったからお互い様だよ。......それに、リュートなんかより、ルーナの方がずっと大事だし。......ほら、もう遅いし、帰ろ」
ようやく大人しくなったルーナの手をリオは掴んだ。
ルーナはぽつりとつぶやくように言った。
「そんなのおかしいわよ......。兄貴は物知りだし、歌も歌えるし、王子様だし、剣だって強いわ。でも、私は何も兄貴に敵わない。私は兄貴みたいに『特別』じゃない」
「特別だろうが、特別じゃなかろうが、ルーナが大切なのには変わりないよ」
「兄貴......」
ルーナは目を瞬かせた。
「......ありがと」
リオは微笑んで頷いた。
「おばあさんも、ありがとう」
ルーナはシスターにもお礼を言った。
ずっと二人の様子を見ていたシスターはいつの間にかにっこり微笑んでいた。
「お嬢さん。大事な人とずっと一緒にいたいのなら与えられるだけではだめだよ。与える人間にならなくちゃ」
「......! うん......!」
「なにそれっぽい事言ってるんだよ。ルーナ、行くよ」
リオはルーナの手を引っ張った。
「兄貴! ドラゴンのペンダント、兄貴が持ってて」
「? お前が持ってたいんじゃないの?」
「兄貴は将来王様になるんだから、兄貴にこそふさわしいわ」
「! ......そっか。じゃあ、つけてようかな」
「うん!」
リオはドラゴンのペンダントを受け取った。ルーナは嬉しくて満面の笑みを浮かべた。
「なあ、ルーナ。前に夢の話をしたの、覚えてるか?」
「うん、『世界を妖精の国みたいに綺麗にしたい』って」
「ああ......。それでさ、やっと決心がついたんだ。......俺は、俺の兵隊を持とうと思う」
「!」
ルーナは目をぱちくりとさせた。
「協力してくれるか?」
リオはルーナを見つめた。ルーナはさっきのシスターの言葉がぱっと頭に浮かんだ。
《大事な人とずっと一緒にいたいのなら与えられるだけではだめだよ。与える人間にならなくちゃ》
ルーナは勢いよく首を縦にふった。
「うん!」
ルーナはリオの手をしっかりと握り返す。見上げると、夜空には満点の星空が広がっていた。
二人は星空に向かうかのように、夜の街を歩き出した。
*
そして、十数年後。
貧民街の小さな子供達が始めた傭兵団__『金獅子の団』は、戦場の伝説としてその名を轟かせる事となった____
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