19.商品の加工
ルーナの手足が拘束され動けなくなったところで、狐男はファルシオンを鞘に戻した。
「こいつ......! よくもグレッグを!」
鳥男がルーナの腹を思い切り蹴飛ばした。
「大事な商品だ。あんま傷つけんじゃねえよ」
狐男はルーナに手を伸ばす。ガッとルーナはその手に噛み付こうとする。
「おっと!」
狐男はさっと手を引っ込めた。
「このっ……触んじゃないわよ!」
ルーナはなお体をばたつかせてもがく。縄は解けそうになかった。
結局拘束されたルーナは成す術なく、獣人達に担ぎ上げられた。
*
その後、捕まったルーナとゲイリー達は近くにあった小さな古家に連れて行かれた。古家は空き家だった。
「さて。そろそろ、商品を加工するか」
狐男が言うと、獣人達は軽い歓声をあげた。
狐男は、縄で手を縛られて地面に座らされている少年3人の元にゆっくりと近づく。
「さて、誰からにするか」
少年たちはブルブルと震えている。狐男はヒョロガリ少年の前でしゃがんだ。少年は「ひッ......」と短い悲鳴を漏らした。
「『ダークエルフの失われた魔法』って聞いたことあるか? その昔、ダークエルフ達は巨大な魔法都市国家ウーマガザを形成した。今や魔法なんて滅多に見る事はないが、当時ウーマガザは魔法のおかげで今じゃ想像もできないくらいの文化水準の生活をしてたんだ。ま、滅んじまった今となっては文化も知識も魔法もほとんど失われちまったんだけどさ。だが、全部じゃねぇ。ダークエルフ達の服や食器、本など、残されたごくわずかな物から古い魔法を再現する奴も世の中にはいた。これが、その一部だよ」
狐男は小瓶をポケットから取り出した。ヒョロガリの少年に徐々に近づけていく。
「ひ、ひいいっっ! な、にするんだ! い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ」
「ほら、よ」
狐男は小瓶の蓋をあけた。中の透明な液体をバシャッと少年にかけた。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぐひ、グヒッ、グヒッ、グヒィ」
「____っ」
ルーナも、ゲイリー達も皆息をのんだ。みるみるうちに、ヒョロガリ少年の体が変化していく。
体中を覆う毛、長い耳、細い手足と尻尾。
少年は、ロバになった。
「......ッ!」
ロバになった少年は自分の声がまともに驚く。続いて、耳、手足、そして尻尾を確認する。全て自分の物だ。
「ぐ、グヒィ!? ィヒィイッ」
ヒョロガリ少年は悲鳴をあげようとしたが、それすらもロバの悲痛な鳴き声になってしまった。
獣人達は、一斉に腹を抱えてわらった。
「あはは! どうだぁ? びっくりしたろ? 向こうじゃロバが高値で売れるんだ。特に、元人間のロバは金持ち連中の間で密かに流行ってるんだ。好きなだけおもちゃにして、それからおいしくいただくんだよ。上手く愛嬌を振り撒けば、愛玩動物として長く生きられるかもな」
「グヒッ、グヒィ、ヒィイッ」
「あははは! さて、次はお前の番だ」
狐男は今度は太った少年に向かって小瓶の中身を振りまいた。
「い、嫌だ! やだ! ロバになんかなりたくないいっ! うちに返して!やだ! やだああああグヒィ、ぐひっ......」
太った少年の体もまた、ロバの体になってしまった。
「さあて、残りはあと......」
狐男はゲイリーとルーナの方を見た。
狐男は今度は、ルーナの方に近づいてきた。
ルーナの心臓が早鐘を打つのを感じる。
「エルフ女、お前だ」
「......ッ」
「......あはは! 嘘嘘。冗談! お前はむしろそのままの方が貴重なんだ。お前だけはロバにしねえよ。って事で......」
狐男はゆっくりとゲイリーの方を振り返る。
「い、嫌だ......。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ! お願いです! なんでもします! お願いですからロバにしないでくださいい! ......うちに帰りたい、うちに帰りだいよぉ......母ざん......ママ。助げで。ママ、ママ!」
「はは! ママだって!」
狐男はゲイリーにも小瓶の中身を振りかけた。だが、ゲイリーは思いきり暴れて足が狐男の腕にあたる。
「あっと!」
はずみで小瓶の液体はゲイリーの頭にだけかかった。
「ママ! ママ! グヒッ、グヒィッ......!」
ゲイリーの容姿もロバの姿になっていく。ただしそれは頭だけだった。頭だけロバになって体はそのままだった。
「あっはっは! やるなぁ、お前。こんな滑稽なの初めて見た!」
ゲイリーの姿に他の獣人達も大笑いした。
ゲイリーは自分の姿の惨状に気づくと大粒の涙を流した。
「お頭、まだ魔法薬は残ってるぜ」
「いや、いい。このままで売れるか試してみたい」
「そりゃいい!」
大笑いする獣人達。泣き声すらもあげられず、静かに泣き出すゲイリー達。ルーナは堪忍袋の尾ががきれた。
「あんた達! 人の心がないの!?」
ゲイリー達は気に食わなかったが、いくらなんでもやりすぎだ。ルーナは手足が縛られていなかったら、獣人達を斬り刻んでやりたかった。
「人間が、獣あるいは虫に同情しないのと同じように、俺たちもまた仲間以外に同情しねぇ。それだけの話だ。......というか、お前、さっきの剣技を見るに相当殺して来たんだろ? 今更こんな事で何キレてんだよ」
「そ、それは......」
ルーナは言葉に詰まった。
「あの時は......親父のために......。私は......親父に洗脳されて......いや、ちがう......」
ルーナはぶつぶつと呟くが、獣人達には聞こえなかった。
コンコン......
その時、扉をノックする音がした。
「......ッ」
全員一斉に黙る。もう一度ノックの音が聞こえた。誰か外にいるようだ。
鳥男がドアノブに手をかける。狐男がルーナの口を布で縛り、猫男とロビーはゲイリー達にナイフを突き立て「声を出したら殺す」とささやいた。
鳥男がゆっくりドアを開ける。鳥男(おそらく鶏だろう)は体が横に広くまたトサカがあるため、その胴体で外から中が見えないようになっていた。反対に、ルーナの位置からも外に誰がいるのか見えない。
「......何の用だ」
「夜にすみません......! 連れを探してるんです。俺と同じくらいの身長で赤い瞳のエルフを見ませんでしたか?」
少年の声だ。声だけでも、少年の焦燥感が感じられる。
「___ッ」
ルーナは心臓が止まるかと思った。
(兄貴......ッ)
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