18.反撃

 たった、一太刀。


 ルーナのたった一太刀で鹿男はだらりと人形のように倒れた。


「グレッグ!」


 鳥頭の男が鹿男を揺するが、反応はない。既に事切れているようだった。


「ちくしょう! あいつ一体なんなんだ!」

「まぐれだ! 貧民街に住んでるようなただのガキが戦えるわけねえだろ」

「言ってる場合か! 逃げちまうよ!」


 ルーナは中央街の方へ全力で走る。


「俺たちを置いてく気かよ!」


 ゲイリーが泣きながら叫ぶが、ルーナは無視した。ルーナにゲイリー達を助ける義理はないし、そんな余裕はない。この獣人達は戦い慣れている。全員をまともに相手するのは危険すぎると直感した。


 ルーナの前に猫頭の男が立ちはだかった。猫男は両手でロングソードを構える。


「おい! 傷つけんなよ!」

「保証できねえよ」


 猫男は、容赦無くルーナの頭めがけて剣を突き刺す。ルーナは体の重心をずらして剣をギリギリでかわす。

 猫男は、右肩、左足、脇腹など、次々と重そうな剣を突き出した。ルーナはそれらを全て軽々と避けた。猫男は目をカッと開いた。今度こそ、他の獣人達も、ルーナの異常さに気が付く。


 そもそも、ルーナは力はただの子供よりも多少ましな程度で、戦場では周りの大人達よりも劣っていた。


 では、ルーナのような非力な子供がなぜ傭兵達に認められてきたのか。


 簡単な話、ルーナは素早さだけは傭兵団の中でずば抜けて高かった。足が速く、反射神経も並ではない。おまけに勘が神がかっていた。ルーナは脊髄反射で、相手が次にどこを狙ってくるのかが察せられた。


 ルーナの天性の勘は相手の急所をとらえるのにも大いに役にたった。ルーナだけが見ることのできる、あの赤い線はその象徴だった。


「この......っ、調子にのんなよクソガキっ」


 体毛が生えていなければ青筋だっているのが見てとれたであろう程、猫男が怒ってる。猫男は手加減を忘れて、ルーナの体の中心めがけてロングソードを刺し貫こうとした。


 ふわっと、ルーナの体が浮き上がった。突き刺したロングソードの位置にはもうルーナはいない。


 ルーナはロングソードの剣先に、


「......あ......んなッ......」


 ルーナは体の全体重を前に寄せ、短剣を力強く握りしめた。刃先が猫男の首を掻き切ろうとする。


 しかし、その時。

 ルーナの背後に2本のキラリと光る物が飛んできた。ナイフだった。

 普通ならば、不意を突かれナイフはルーナの頭を貫くだろう。だが、ルーナの天性の勘はここでも役に立つ。

 ルーナは猫男の首を斬る手前で腕を止めた。強く猫男を蹴り付ける。反動で体が左へ飛ぶ。地面に着地。すると、


「__らァッッ」


 今度は、お頭と呼ばれた狐男が両手にファルシオンを握ってルーナの体を上から貫こうとする。ルーナは転がり避ける。狐男はそれに追従するように両手の剣をブンブン突く。


(こいつ......速い......!)


 右に左に、狐男の刃が飛んでくる。ルーナは小さな体を転がしてなんとか避ける。


「おらおらおら」


 焦るルーナとは対照的に、どんどん狐男の口角が上がっていく。


「おらおらオラオラオラオラッッッ」


 ルーナの右耳の先で、ヒュッとファルシオンが空を斬る音がする。もし、ルーナの右耳が欠けていなかったら、ざっくり斬り裂かれていただろう。

 狐男がニヤッと牙を見せた。


「ナメんじゃないわよっ......!」


 怒りと焦りを爆発させたルーナは突き出した狐男の左腕を強く蹴飛ばした。相手が怯んだ隙に素早く立ち上がる。


「クソッ......なんなんだよ、こいつ」


 怒りを顔ににじませながら猫男が言った。


「『エルフには気をつけろ』って聞いたことねえか? エルフってのはガキの見た目してても俺たちの何倍も長く生きて知識と経験を積んでるから油断ならねえんだ。こいつはハーフエルフ? らしいけど、それでも見た目程若くはねえんだよ」


 狐男が体勢を立て直して両手のファルシオンをルーナに向ける。

 ルーナは服の下が汗でぐっしょりと濡れるのを感じた。


 狐男は強い。ルーナの勝てる相手ではない。ルーナはそう強く感じた。もしかしたら、ルーナのように戦場をいくつも経験してきたのかもしれない。


(来る......!)


 ルーナは剣を強く右手で握り直した。


 しかし、次の瞬間、狐男はルーナの予想外の事をした。剣先で地面を。さらさらとした砂が巻き上がってルーナの目に入る。


「......ッッッ」


 怯んだルーナの背中を狐男が思いっきり蹴りつけた。ルーナは体勢が崩れて倒れる。


 ジャキッ


 狐男の二つのファルシオンが砂浜に突き刺さった。ルーナの首のすぐ上で交差される。


 勝負がついた。1ミリでも動けばファルシオンの刃が首を斬るだろう。ルーナは最早身動きがとれなかった。


 急いで、他の獣人達がルーナの両手両足を縄で拘束した。狐男は満足げにカラカラと笑った。狐男はしゃがんでルーナの顔を覗き込んだ。


「どうよ。

「流石!」


 ロビーが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「......!」


 ルーナは人知れず赤い目を大きく見開いた。


(............親父......)

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