17.人攫い

「珍しい、赤い瞳のエルフに、生意気な人間のガキ3人か。お手柄だったなぁ、


 狐、猫、鳥、鹿。

 月に照らされた彼らは、まるで人間サイズの獣が二足歩行しているかのような見た目だ。獣人の男達だ。身なりは小汚く、全員大きな武器を携えている。


「あ、あんた達、誰よ! ロビーって......」


 ルーナは最後まで言う事ができなかった。

 気づけば、ルーナの喉に鋭利な剣先があてられていた。剣の柄を握っているのは鹿頭の獣人だ。

 ルーナの首筋に冷たい汗が流れる。


「動くなよ」

「ひっ......」


 獣人の大人達が慣れた手つきでゲイリーの手下二人の喉元に剣をあてる。


「ひいっ、だ、誰か!」


 太っている方の少年が叫ぶが、周りは人気がまるでない。二人は簡単に獣人達に捕まってしまった。


「わあああ!」


 残ったゲイリーは仲間を置いて一目散に逃げようとした。だが、すぐに首根っこを力強く捕まれ地面に叩きのめされる。

 やったのは、ロビーだった。ロビーはそのままゲイリーの首にナイフをつきつけた。ゲイリーは顔を青ざめて固まった。


「エルフはともかく、他の3人は偶然会っただけだよ」


 狐頭の獣人が短く口笛を吹いた。

 ルーナは顔から血の気が引くのを感じながら、どうにか振り絞って言葉を出した。


「ロビー......。あんた達は一体......」

「人攫い」


 ロビーは短く答えた。声は冷たく抑揚がない。今までのロビーとはまるで別人のようだった。


「そ、そんな......。私を......騙してたの......? 友達なんて、嘘だったの?」

「お、お前ら......もしかして、獣公国の獣人か?」


 ルーナをそっち退けで、ゲイリーが話に割り込んできた。


「や、やけに獣度高いと思ったけど......」

「そうさ」


 ロビーがぐいっとナイフの剣先をゲイリーの首に強く押し付けた。


「獣公国......獣人_いや、獣族の国だよ。どう? いつも散々馬鹿にしてる『獣度の高い』獣人に剣先つきつけられてる気分は。今日はあの子が目当てだったけど、君たちが偶然ここへ来て良かったよ。僕は君たちみたいなのがになるのが一番気分がいい」

「ひ......い、痛......っ......」


 ゲイリーの首に押し付けたナイフの先から血が滲む。ゲイリーはますます顔から血の気が引いた。


 狐男が満足気に笑う。


「しっかし、エルフだっていうだけでも珍しいのに、その赤い目すごいなぁ。本当に見た事ねえ。こりゃ相当高値がつくぞ」


 全員の関心がルーナに向いた。


「人間とエルフの間に生まれたハーフエルフなんだって。耳も普通のエルフより短いってこの子が言ってたよ。お頭、本当だと思う?」


 ロビーが言うと、狐男がかがんで、しばらくルーナの耳を観察する。お頭と呼ばれた狐男がどうやらこの集団の中のリーダー格のようだった。


「確かに短え。そういえば、ずっと前に聞いた事がある。エルフは他種と交わらない。だけど、ハーフエルフが生まれる事もある。ハーフエルフは子供を産まないからそれ以上は血が混ざり合う事はない」

「どっちにしろ、このガキが珍しい事には変わりないな。いい仕事をしたぞ、ロビー」


 ゲイリーの手下二人を捕まえていた猫男が感心してロビーを褒めた。

 

「おいガキ共。ガルカトの街をよく目に焼き付けておけよ。お前らはこれから商品として獣公国で売られるんだ。母国に__自分達をありのまま受け入れてくれる国にせいぜい別れの挨拶を言っとくんだな」


 その時、ゲイリーが動いた。

 彼はナイフを突き立てるロビーの一瞬の隙をついて、マントの下の剣を抜き出した。


「う、うわああああああ!」


 ゲイリーは雄叫びをあげてロビーに斬りかかる。


「!」


 しかし、不意をついたにもかかわらず、ロビーにあっさりとナイフで防御された。ロビーは力強くゲイリーの背中を蹴り付ける。ゲイリーは反動で剣を落とし、腰を地面に打ちつけた。


「『剣を持った俺に勝てる子供は、まずこの街にはいねえよ』」


 わざとふざけた調子でさっきのゲイリーの言葉を、ロビーは繰り返した。獣人達は大声で笑い飛ばした。


「子供を攫うのがこれで初めてだと思ったら、大間違いだよ?」


 ロビーは白目のないまっくろな目をゲイリーに向けた。


「中には君みたいに言う事を素直に聞かないクソガキもいたわけだ。そういう時は、ゲームをするんだ。商品になる前に、簡単なゲームを、ね。いつもそれをやると、皆大人しくなるんだ」

「ぃひぃっ......」


 ロビーはゆっくりとゲイリーの体の上でナイフの先を這わせる。


「指の先だったら、1ポイント。まぶたは、5ポイント。鼻は10ポイント、......他にも色々。この後商品にするから端っこしかだめだけど、でも、十分楽しめるよ。今までで最高は9ポイントだったかな。君は、どこまで耐えられる?」


 ナイフの先はゆっくりとゲイリーの目まで這っていく。


「ぃ......ひいッ......痛......や、やめ......っ......。おねがっ......おねがいじまず......! やめてくだざい......! もう逆らいまぜんから......! どうか......やめでくだざい......!」


 ゲイリーは涙と鼻水をぐっちょり垂らして必死に謝った。


「......君は0ポイント」


 ロビーは残念そうにため息をついた。


が来るまでまだ時間があるんだ。もっと俺たちを楽しませろよ」


 周りの大人達が煽る。


(船......? 私達船で獣公国まで連れてかれるって事? それで......そうしたら、私、売られるって事? そんなの......絶対に嫌)


 獣人達はロビーとゲイリーに夢中になっている。

 ルーナに剣先を向けている鹿男も、視線はロビー達に釘づけだ。


 ルーナはゲイリーの落としたショートソードを拾った。

 すぐに獣人達が全員気づく。だが、顔はニヤついたままだ。油断していた、というよりは、子供達が反抗できる機会を作って楽しんでいるかのようだった。


「お、お前もやるか」

「おー怖い怖い! そんな危ねえモン素人が振り回すんじゃねーよ」

「そんな子綺麗な顔して、剣なんて持った事すらないんじゃねえのか?」

 獣人達は歪んだ笑いを頬に浮かべた。


「おい、誰が止めんのよ」

「おおれにやらせろ」


 鹿男が舌なめずりする。


「ここういうメスガキは、わわからせてやらねえと」

「相変わらず良い趣味してんなぁ」


 口の周りが涎だらけになる鹿男に、周りの獣人達は呆れる。


「おおれが勝ったら、どどうしてやろうか」


 鹿男の持つ巨大な斧が黒光りする。

 ルーナは一言も発さず、静かに息を吸った。


「おおれが勝ったら俺が勝ったら俺が勝ったらかかったら__」

「___」


 ガッッッッッ!


 鈍い音が響く。


 ルーナのショートソードが鹿男の下腹を引き裂いた。


「な......ん......」


 その場の全員が、あ、と口を開けた。

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