16.人間とエルフの家族ごっこ
「こっち、こっち」
ルーナはロビーに言われるがままに道を進んで行った。路地裏から路地裏へ、知らない道をどんどん進んでいく。
曲がりくねった路地裏を抜けると、その先には海が広がっていた。気づけば中央街の港まで来ていた。
ルーナ達が今いるルシスベは海に面した都市である。特に中央街は大きな港があり、貿易が盛んな街である。しかし、ルーナ達がいる所は人通りから離れていて、まるで人がいなかった。民家がまだらに建っている。
「間に合った。見てみて」
「! わあ......!」
海のずっと向こうで、赤々とした夕日が地平線に沈もうとしていた。
ルーナは思わず見惚れた。夕日はルビーのように静かに輝き、海を紅色に染め上げていた。リオの事でずっと気持ちがモヤモヤしていたが、今だけは心が洗われた気持ちになった。
ルーナはしばらくの間、無心になって日が落ちていく様を見つめた。
*
「こっちだ! おい、ルーカス、遅れんなよ!」
「待ってよ! ゲイリー!」
青紫色の空が徐々に暗さを増していく時、何人かの足音と子供の小さな怒鳴り声が聞こえた。
「ひひっ......あっちなら誰もいないな!」
「ねえ、やっぱりやめようよ、薬なんて。大人達皆良くないって言ってたよ」
「はあ? お前ほんと良い子ちゃんだな。そんなんじゃいつまでも友達できねーぞ」
「そ、そんなんじゃないけど......!」
ルーナもロビーも思わず、長い耳をピクピク動かした。子供の声は聞き覚えがあった。路地裏から3人の子供達が飛び出し、海辺まで下りてきた。
そして、ぱったりと、目があった。
「誰かと思ったらさっきのロバ耳女に、ネズミ野郎じゃねえか」
さっき、教会でルーナをダークエルフだと罵倒した、黒髪の大柄の少年_ゲイリーだった。後ろから、ヒョロガリの少年と太っちょの少年がやってくる。ゲイリーの手下達だ。
ゲイリーが、ロビーに目を向けた。ロビーは四つん這いになっていたのを大急ぎで立ち上がった。ゲイリーがそれを見てニヤニヤする。
「きったねえな。ちゃんと手洗ってんのかよ。地面に手ついたらお下品だってママに習わなかったのか?」
「......」
ロビーは何も言い返せずに黙ってしまう。手下二人も「きたない!」と言ってロビーを嘲笑った。
「しょうがないじゃない! ロビーは立ってると腰が痛くなるのよ!」
代わりにルーナが言い返す。
「しょうがない? 俺、こいつ程獣度高い奴は見た事ねえよ。普通の人並みに歩く事もできないなら、いっそ、ネズミの群れで暮らしてた方があってんじゃねえか? その方が周りも不快にならずにすむ」
「......なっ」
ルーナはカッと頭に血がのぼる。だが、ルーナが言い返すより前にゲイリーは今度はルーナに矛先を向けた。
「最近貧民街に人間と一緒に暮らし始めたエルフってお前の事だろ? お前ら、ここらじゃ結構噂になってんだぜ。なんて噂されてるか知ってるか?」
「な、なによ」
「貧民街で家族ごっこしてるんだって。エルフと人間が! 家族ごっこ! 母さんが不潔って言ってたぜ」
「家族ごっこじゃないわ! 兄貴と私は......ちゃんと、兄妹よ」
「兄妹? エルフと人間なのに?」
ゲイリーは馬鹿にしたように鼻で嘲笑った。ルーナは憤慨した。自分の事だけならまだしもリオの事まで色々言われるのは我慢できない。
「私、エルフじゃないわ! ハーフエルフよ!」
ルーナの言葉に、今までニヤニヤしていたいじめっこ達が少しびっくりした表情を見せた。隣で黙り続けているロビーも驚いている。
「私は人間とエルフの間に生まれたハーフエルフよ!」
「......本当かよ。ハーフエルフなんて俺は聞いた事ねえぞ。人間とエルフの間に子供なんてできないだろ、普通」
「本当よ。普通のエルフより私の耳の方が少しだけ短いわ。それに、普通エルフは瞳の色が銀色よ。でも、私の目の色は赤」
「ハッ! 嘘だね! じゃあ、あれか? お前はハーフエルフだからその人間の子供とは片親違いの兄妹だとでも言いたいのか?」
「......そっ......。そ、そう......かも......しれないわ」
ルーナは思わず嘘をついた。
人間とエルフが家族の様に接するのが、これほど他の人が反応する事だと思わなかった。とにかく、最もらしい事を言って、リオとルーナの関係を認めて欲しかった。
「なんだ? 歯切れの悪い。ハーフエルフの事も、結局全部お前の嘘なんじゃねえの?」
「そんな事ない! 私はハーフエルフよ!」
「嘘だ!じゃあ、証明してみろよ! お前がハーフエルフだって! 人間と兄妹ですって! 医師の診断書でもあるのか? 予言書にでも書かれてるか? 証明できないだろ? 結局は全部嘘! お前は大嘘つきだ!」
「もう......! 頭に来た! こんな奴直接殴った方が早いわ!」
「! だ、だめだよ、ルーナ!」
ルーナが怒りで少年に殴りかかろうとすると、今まで黙っていたロビーがルーナを止める。ゲイリーがカラカラ嘲笑った。
「ネズミ野郎の方が賢かったな」
少年は上等なマントの下をひらりと見せた。腰に子供用のショートソードがさげられている。
「エルフ女が殴ってきてたら、こいつで切り刻んでた所だぜ。俺は、騎士の名家の生まれだ。小さい頃から剣を習ってるんだ。剣を持った俺に勝てる子供は、まずこの街にはいねえよ」
ルーナは目を見開いた。
無数の赤い線がゲイリーの様々な急所へと伸びる。人を殺す時、ルーナだけに見えるあの赤い線だ。
姿勢、視線、表情__ゲイリーの全てがあまりにも隙だらけだ。ルーナが戦場で戦ってきたどの戦士よりも隙だらけだ。いくらでも、剣を奪い取って、一瞬の後に少年を殺す事ができる。
《気に入らなきゃ、殺せばいい。お前なら簡単だろ?》
聞き慣れた声__バリーの声がどこかから聞こえたような気がした。ルーナは咄嗟にかぶりを振った。
《何故、殺さない? 今まで散々殺してきたんだ。こんな子供一人、造作もないだろ》
再び、バリーの声だ。ルーナは、なお、声に抗った。
(こんな奴、殺す程の価値もないわ。............いえ、違う。本当の本当は、違う。そんな理由じゃない。......人を殺す事は普通じゃないの。......親父は、普通じゃないの)
ルーナは段々と体の力が抜けていった。ロビーはほっとため息をつく。いじめっこ達はそれを見て再びニヤニヤした。自分達の勝利だと確信したらしい。
「お取り込み中悪いけどさぁ、ちょっと、俺達と一緒に来てくれないかなぁ?」
子供達は全員びくりと体を震わせた。
知らない大人の声だった。
夜の闇に紛れて、いくつもの大きな影が子供達を取り囲んでいた。月が雲から出て、影を影達を照らす。狐、猫、鳥。彼らはまるで人間サイズの獣が二足歩行しているかのような見た目だ。
「珍しい、赤い瞳のエルフに、生意気な人間のガキ3人か。お手柄だったなぁ、ロビー」
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