14.ドラゴンのペンダント
「やめなよ」
すると、一人の子供が止めた。
ほとんど体が灰色の毛に覆われている。ネズミが人間サイズでそのまま立って服を着ているような姿の獣人の少年だった。少年はネズミ顔を隠すかのようにみすぼらしい帽子を深々とかぶっていた。
「その子はダークエルフじゃなくて、エルフだよ」
「エルフもダークエルフも似たようなもんだろ。耳が長くて、沢山生きるんだから」
さっきのガタイがいい黒髪の少年がムキになって口を挟んだ。
「ウィリアム様は悪いダークエルフを全部滅ぼした。でも、エルフは滅ぼさなかった。エルフは悪い種族じゃないからだよ。だから、この子も悪者じゃないよ。でしょ、シスター?」
ネズミの少年がシスターに同意を求めた。
「え、ええ、そうだよ。エルフはダークエルフと違って悪者じゃないの。皆で一人の子をよってたかっていじめるのは卑怯者のすることだよ。この子に謝りなさい」
シスターはルーナをいじめた子供達に説教した。しかし、最初のガタイのいい少年が、「ふん!」と背中を向けて教会を出て行ってしまった。それに続いて他の二人の男の子達が、慌てて少年の後についていく。彼らはどうやら手下だったようだ。
出ていく少年たちの後ろ姿を、シスターは残念そうに見た。
「あいつ、意地が悪いんだ」
ネズミの少年がこそっとルーナに耳打ちする。「ありがと」とルーナは短く礼を言った。
「でも、不思議。ウィリアム様って不死身なのよね? でも、亡くなったの?」
しばらくすると、女の子の一人が首を傾げた。
「ウィリアム様には最愛のお妃様がおられたんだよ。お妃様が病気で亡くなると、ウィリアム様は悲しみに暮れたんだ。そして、最後にはこの世に別れを告げ、お妃様の元に旅立られたんだよ」
「自殺したって事?」
「自らの命をたつなんて神様はお怒りにならないの?」
「ドラゴンの力はどうなったの?」
「そういえば、新生ガルカト王国が誕生したっていうけど、獣公国とかウロデイルとか今はなんでこんなにルーデルがバラバラなの?」
「たしかに! 今はどこもかしこも戦だらけじゃん!」
「父ちゃん、今度遠征に行くんだって......大丈夫かな」
「こんな世の中なら塔やドラゴンはなんで出てこないんだろ?」
「結局、ドラゴンも塔も全部嘘だったんじゃないのー?」
今度は子供達が、なんでなんでの大合唱をし始める。
「はーい、皆!」
シスターはぱんぱんと手を叩いた。
「今日はここまで。また続きは明日ね」
子供達は残念そうに「えー!」と叫んだ。
するとシスターは、急に奥の部屋に通じる扉の方を見た。
扉のガラス窓に、さっきから人の影が見えたり見えなかったりする。神父か、他のシスター達だろうか? こちらの部屋に入ってくる様子はない。
シスターは、懐から何かを取り出した。なんの変哲もないただの石に紐が括り付けられている物だった。
「皆はいい子だから、今日は特別に誰か一人にこれをプレゼントしてあげる」
「!」
「なにそれー!」
シスターはシワだらけの顔でにんまりとした。
「これこそ、今日の物語で出てきたドラゴンのペンダント! 道端で拾った......じゃなくて、この教会の奥底で眠っていた伝説の宝物さ。あたしはとても長い間シスターをしてきたけど、これほど聖なる力を感じさせる石はなかった。これを持っているだけで、きっと主のご加護を身に余る程受ける事ができるよ。もし、あんた達がルーデルで二人目の『選ばれし者』なら......ドラゴンの力を持つ事だって、できちゃうかもねえ......。そこで、今日は特別に銀貨3枚! 銀貨3枚で売ってあげるよ!」
「えー」
「うそー!」
子供達の多くが呆れてさっさと帰っていった。
しかし、何人かは教会に残った。ルーナもその内の一人だった。
「残ったあんた達はとても賢いよ。世の中信じて行動する者だけが恵まれるんだ。さあ、賢い子供達の中で誰が買うのかな? 早い者勝ちだよ」
目を輝かせた子供達は急いで自分の巾着袋を確認した。ルーナは、袋の中身を確認すると、銅貨が数枚入っていた。
「銀貨3枚って銅貨何枚分なの?」
「30枚だよ」
シスターはにっこり笑って答えた。
「30枚!? 高いすぎよ!」
「あんた達が良い子達だから、特別に、子供が買えるギリギリの値段まで安くしたんだよ。本来は値段がつけられない程とても貴重な物なんだよ」
ルーナは銅貨の数を数える。
「いち、に、さん、......」
「それじゃ足りないね」
ルーナが最後まで数えるよりも早く、シスターがばっさり言った。
「ねえ、おばあさん。もう少し安くして......」
「お姉ちゃん、銀貨3枚もってんじゃん! 買って買ってぇ!」
ルーナがシスターに交渉しようとした時、小さな男の子が叫んだ。見ると、猫耳の獣人姉弟が言い争っていた。
「でも、このお金お使いのためにお母さんがくれたんじゃない。ドラゴンのペンダント買っちゃったら買い物できなくなっちゃうよ」
「買って買って!」
「野菜も肉もパンもどこにでもあるけど、ドラゴンのペンダントは世界でたった一つここにしかないんだよ? 本当に買わなくていいの? 大丈夫、こんな貴重な物のためならお母さんきっと分かってくれるよ」
「うーん。シスター、一回お母さんに相談してきても良いですか?」
「良いけど、ねえ......早い物勝ちだから、その時にはもう残ってないかも」
シスターはルーナの事などもう眼中になく、獣人姉弟に営業し始めた。
周りを見ると、他にも何人か銀貨3枚もっている子供達がいるようで、買おうか買わまいか迷っている風だった。というか、よく見たら、ここにいる子供達の中でルーナが一番みすぼらしい格好をしていた。他の子達はルーナよりずっと裕福なのだろう。
ルーナはがっかりして教会から出ていった。
しかし、教会から出ると、すぐに誰かに声をかけられた。
「ねえ、ちょっと......」
「?」
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