8.寒空の下

 死体の山の荷馬車からこっそり降り、独立都市_ウロデイルに着いた頃、雪がしんしんと降り始めた。リオが空を見上げて、思わず舌打ちをする。


「くそ......っ、急に冷え込んできた。ルーナの傷もあるし、野宿がきつくなるな」


 ルーナは長い耳の先までぶるぶると体を震わせた。深手のまま歩く最中ずっと体中が痛く、体が重かった。そして、傷より何よりお腹が空いて胃がキリキリといたんだ。


「......お腹空いたな......」


 街の道端には、乞食なのだろうか見窄らしい布切れをまとった獣人達が何人かじっと座り込んでいた。

 リオは何を思ったのかそのうちの一人に近づく。リオが近づいた獣人は顔がまるまると蛇の初老男性だった。明らかに痩せ細っている。男は藁で身を包んでいた。リオが肩を揺らすと簡単に倒れた。どうやら死んでいたようだった。周りの乞食達は特に反応を示さない。リオは倒れた男から藁を奪うと、ルーナを道端に座らせて、藁を巻いてやった。


「ちょっと待ってろ。なんか食べ物持ってくるから」


 ルーナはぶるぶる震えながら頷いた。

 雪が積もり始めていた。

 リオは急いで市場の方へ走っていった。リオはまず自身が着ていた胸当てやガントレットなどの鎧を売る。市場を歩き回ってやっと買い手を見つけるも、ボロボロの鎧ではほとんど金にならない。が、パン一個を買うぐらいはできた。リオはまた、急いでルーナの所に持って帰った。



「......っ」


 リオはそう時間はたっていないつもりだったが、ルーナの元に帰ると、異変が起きている事に気づいた。

 ルーナの呼吸が荒く、額から汗がびっしょりと噴き出ている。唇が紫色になり顔が真っ赤になっている。


「ルーナ!」


 リオがルーナの様子に驚いてパンを落とすと、周りの乞食達が一斉にパンに群がった。だが、リオはパンの事など気にしてはいられない。

 すぐにルーナの元に駆け寄る。ルーナの額を触ると熱が出ていた。かなりの高熱だ。


「兄貴......くるし......。寒いのか、暑いのかわかんない」

「放っておいてごめんな。今暖めるから......」


 リオはルーナを抱きしめてその上から藁で二人分の体を包んだ。


「......ここって想像以上に寒いな......」


 リオの腕の中でぶるぶるとルーナの体は小刻みに震えている。リオもまた、体をぶるっと震わせた。


 リオは、過去に戦場で怪我をした人たちを沢山見てきた。怪我をした後、何人かはルーナのように高熱が出る者がいた。屈強な戦士が、ルーナよりも小さな怪我で死んでしまったのも見た事があった。

 このまま寒空の下で一晩過ごせばおそらくルーナの命はない。リオは経験からそう直感した。


 その時、一人の女性がリオとルーナの元へ近づいてきた。


「まあ、かわいそうに......!」


人間の中年女性だった。平民の格好だが、ふくよかな体型や服装からそうお金には困っていなそうだとわかる。


「ウロデイルの冬は本当に寒いわ。あなた、家に入らないと簡単に凍え死んでしまうわよ。......可愛い顔してるわね。死んでしまった息子にそっくり......。さあ、私と一緒にいらっしゃいな。うちに温かいスープがあるわ」


 女性はリオに手を差し出す。


「ありがたいけど......こいつも一緒でいいですか?」


 リオは藁で包んで見えなくなっていたルーナを見せた。女性は今までルーナがいる事に気づいていなかったらしく、目を大きく広げた。


「だめよ!エルフなんて気味の悪い!それにうちにはエルフまで養う余裕はないわ!」

「......じゃあ、遠慮しておくよ」

「なっ!折角声かけてあげたのに失礼ね!」


 女性は怒ってすぐにどこかへ行ってしまった。


「兄貴......だめよ。このままだと兄貴まで凍え死んじゃうよ......。今からでも私を置いて......あの人を追いかけて......」

「俺は別にいいんだよ。寒いの慣れてるし」


 そういうリオの体もかなり冷たくなっていた。手足がかじかみ、声も少し震えている。


「俺がお前から離れる訳ないだろ。ずっと一緒だ。お前は俺の妹なんだからさ」


 ルーナは「......兄貴.....」と一言口にすると、その後、何も言わずゆっくりと目を閉じた。


「......っ、おい......おい。ルーナ。眠っちゃだめだ。目を覚ませ。......」


 リオは何度もゆするがルーナは一向に起きない。


「......」

「......」

「......俺を......一人にしないで」


 リオの声は枯れてしまいそうだった。誰の耳にも届かない。


「......」


 孤独感がリオを襲った。リオは人知れずこぶしをぎゅっと握りしめる。


「......君、大丈夫かい?」


 その時、男の声がした。リオがゆっくりと声の方を見上げる。声をかけてきたのは、今度は人間の中年男性だった。毛量の少ない茶髪に、ぽっちゃりとした体型。優しそうな柔和な笑顔がリオに向けられる。


「ウロデイルの冬は寒いんだ。こんな所に居ては死んでしまうよ」


 男はちらっと、近くで座り込んでいる乞食達を見て、どこか憐れんだような、諦めたような顔をした。


「君はまだこんなに若くて、......こんなに可愛らしいじゃないか。こんな所で死んではだめだ。君、一緒に来なさい。暖かい食事を用意するよ」

「......ありがたいけど、俺はこいつから離れるつもりないから」


 リオは半ばめんどくさく感じながら、藁の中で抱き抱えていたルーナを見せた。ルーナは辛うじて息をしている。


「......っ!」


 男は驚いて一気に息をすった。


「これは......エルフ......じゃないな。赤い目......耳も少し短い。なんと珍しい......。もしかしてこの子は、ハーフ......なのか?」

「......」


 リオは無言で肯定した。男は興味深そうにルーナを見た。さっきの女性よりはルーナを好意的に思っているようだ。


「なんて......なんて美しいんだ......。......いかんいかん、この怪我といい、顔色といい、このままではこの子は死んでしまう。君達、うちに来なさい。温かい食事と寝床を用意してあげるから」

「......」


 リオは返事に迷った。この男が信用できないと感じた。だが、ルーナの事を考えると、なりふり構っていられない。


 リオは男について行った。

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