6.リオとの出会い

 ルーナは、ゆっくりと目をあけた。


 真っ先に視界に飛び込んできたのは真っ暗な空だった。ルーナは、どうやら自分が眠っていたらしい事に気づく。ぱかっぱかっという一定のリズムに合わせて地面が揺れている。


(馬......。荷馬車......?)


 ルーナは何かの上で横たわっていて、周りにも何かが横たわっている事に気づく。


「......!?」


 すぐに、それらが人である事に気づいた。人間も獣人もさまざまに横たわっている。ほとんど市民の格好をしていたが、中には兵士の格好をした人もいた。共通しているのが、全員血だらけだという事だ。ルーナはすぐにそれらが死体である事に気づいた。

 大量の死体を乗せた荷馬車だ。


 だが、一人だけ死体でない人がいた。馬車の後ろに一人の人間の少年が背中を向けて腰掛けていた。12、3歳くらいの少年だ。

 少年はルーナの方を振り返り、目が合った。


「よっ」


 ルーナは目を見開いた。金髪に、ルーナと同じ赤い瞳。身なりはボロボロの兵士の格好。だが、顔立ちははっとする程美しく、まるで物語の王子様のようだ。少年はルーナを見てにっこりと微笑んだ。


「君すごいよ。あれだけ刺されてて目覚ますなんてなあ。それともエルフって頑丈なの?」


 突然、思い出したかのように身体中が痛み出す。ルーナは、身体中の刺し傷が布切れで縛られている事に気づいた。


「止血しといた。死ぬ可能性の方が高かったけど、まあ一応って事で。時間も布も山程あったからさ」


 少年は死体の方を指さす。


「えっと......ありがと」


 ルーナは痛む体を持ち上げて死体の山から降りて、少年の隣に座った。

 他にも死体を乗せた馬車がたくさん前の方を走っていた。ルーナが乗っている馬車が最後尾のようだ。


「もう動いて大丈夫なの?怪我痛くない?」


ルーナは刺された脇腹と肩が死ぬほど痛く、体もだるかったが、「大丈夫」とだけ答えた。


「......私......エルフじゃない。ハーフエルフ」

「エルフと人間の?」

「......たぶん、そう」

「ふーん。君、名前は?」


 ルーナは夜空を見上げた。丁度、月が見えた。月は少しだけ端っこが欠けていた。


「ルーナ。......あんたは?」

「俺はレオナルド。皆からはリオって呼ばれてるんだ。」

「皆?」

「......あー、ははっ......。『呼ばれてた』だね。今は俺もルーナと同じ、一人ぼっちだよ」

「......。あの、この馬車なんなの?確か、私、街のどこかで倒れてたと思うんだけど」

「この馬車、死体を運んでるんだよ。タリクの街は獣公国に乗っ取られ、住民は皆殺し。それで獣公国が一応体裁を保つために大量の死体をゼイルフ大聖堂の共同墓地まで移送しようってなったわけ。俺は死んだふりをして、ルーナは気絶して、死体と間違えられて馬車に乗せられたんだよ」

「!......じゃあこれ公国の馬車なの......?」


 ルーナは操縦席の方を見る。死体の山が壁になっていて、様子が見えない。


「大丈夫。馬車の操縦士ただの耳の遠いじいさんだからどんなに喋ってても聞こえないよ。......おーい! ボケジジイ! 俺の声聞こえてますかー??」

「ひぃあっ!?」


 リオが操縦席に向かって大声を出すと、叫び声が返ってきた。レオナルド__リオもルーナも咄嗟に口を塞ぐ。


「お、おーい......。誰か......い、生きてるのか?」

「「......」」

「き、気のせいかー?気のせいだよな......」

「「......」」

「ぅおお!」

「「!!」」

「お、おおお俺は......運んでるだけだからなー。呪うなら兵士達を呪えよー......。俺を恨むんじゃねーよー......」


 操縦席からはそれ以降声が聞こえなくなった。


「......」

「......とまあ、あんまり大声出すと気づかれてしまう訳で......」


 リオが小声で言う。ルーナがリオをじっと見つめていると、「悪かったって!」とリオは軽く謝ってまた陽気に喋り出す。


「ここからもう少し先に行くと、ウロデイルっていう独立都市があるんだよ。馬車が向かってる先な。近くまで行ったら俺は降りようと思う」

「......」

「......えっと、ルーナはどうするの?」

「私は......」


 ルーナは考えた。だが、自分がこれからどうするのかわからない。いくら考えても、どうしたいのかわからない。誰も自分がどうすべきか教えてくれない。


(親父......)


 ルーナはやっと、バリーの事を思い出した。バリーの無惨な姿が脳裏に浮かぶ。


(違う......違う! 親父は戦場で負け知らずなのよ! あんな事で死ぬはずない! 死んだってちゃんと確かめた訳じゃないわ! そうよ! きっとどこかでまだ元気に剣をふってるわ!)


『俺はお前の親父なんかじゃなかったんだ!』


 バリーの言葉が脳裏をよぎった。脇腹と肩の傷がさっきよりもズキズキと痛む。


「......っ......う、」

「う?」

「......う、ううええぇ......」

「!」


 ルーナは堪えきれず、涙が出た。

 バリーが生きていても、もうルーナと一緒には、いてくれないだろう。

 

「どうしたの? 傷、痛い?」

「お、親父が......」

「?」

「私の親父じゃないって.......」

「......それは......酷い奴だな」

「でも、本当かもしれない。 本当に親父じゃないかも......。だって、私の目......赤いでしょ? エルフは皆銀色の目だって。母親が銀色なら父親が赤色じゃないとおかしいわ。でも親父の目は黒い目......」

「他に父親に心当たりあるの? 赤い目の大人、周りにいた?」


ルーナは泣きながら、首を横にふった。


「うーん。そうだなあ。......もしかしたら、隔世遺伝とかかもよ?」

「か......え?」

「子供がおじいちゃんとかおばあちゃんに似る事だよ。親父さんが赤い目じゃなくても、その親とかまたさらに親が赤い目だったかもしれない。つまり、目の色が違うだけで親子じゃないなんて断言できないんだよ」

「!」

「それか、人間とエルフの子供なんて滅多にないし、突然変異?的な事が起きたとか」

「......リオって物知りなのね」

「まあね」


 リオは得意げに鼻を鳴らした。


「でも......親父が本当の親父かどうかなんてもう......。私は......親父を......」

「......ねえ、ルーナの親父さんってもう......」

「............。親父は......。親父は......すごく、怒ってて......。私がいけないんだけど......。それで、ナイフ向けられて......私焦って......親父を……刺しちゃって……そしたら、公国の兵士が来てそれで......」


 ルーナは震える右手を見た。バリーを刺した短剣はもうどこかへ行ってしまった。だが、血は相変わらず手にべっとりくっついていた。その血が自分の血だけではない事はルーナはわかっていた。


「......そっか」


 ルーナはまた涙がぽろぽろと溢れ出た。リオもまたルーナの背中をぽんぽんと叩く。


「親父さんが親じゃないって言うなら、俺達は

「……!?」


 赤い目を大きく見開くルーナに、リオが笑った。


「......え、あ、でも......」

「赤い目だから親子じゃないって言うなら、同じ赤い目の俺達は兄妹だ。だろ?」

「......っ。........................うん......!」

「よし、決まりだな。お前歳いくつ?」

「わかんない」

「え?自分の年齢だよ?わかんないって事ある?」

「親父も、周りの大人達も私が何歳かわかんないって」

「なんだよそれ。酷いなあ。ちなみに俺は13ね」

「じゃあ、リオが兄貴だね」

「え、でも、ルーナの年齢わかんないんじゃないの」

「リオの方が年上っぽいもん」

「ははっ、なんだそれ」

「あ、あ、兄貴......!」

「おっ」

「兄貴......兄貴!兄貴!」

「おうおう!」


 リオは右手の血がこびりついたガントレットを外して、ルーナの頭をわしゃわしゃとなでた。


「ははっ、......俺さ、いつか妖精の国に行くんだ」

「......妖精の国?」

「知らない?王子様と妖精の御伽話」

 

 ルーナは無言で首を横にふった。


「......昔々ある所に......」


リオはルーナに王子様と妖精の御伽話を聞かせた。

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