5.バリーの死
「や、やった......!」
目の前には血だらけの男の死体。ルーナは今までにない爽快感を感じていた。街の外で人を襲った時も獣を狩った時さえもこんなに爽快な気持ちになった事はなかった。
ルーナは急いで男のポケットから巾着袋を取り出す。
「お金......! や、やった......! 親父......!」
ルーナは走り出した。あたりはもうすっかり暗くなっており、人通りもまばらだった。返り血で真っ赤に染まり短剣を握りしめて走ったルーナを見て周りはどんな反応をしているのか。ルーナには全く眼中になかった。
「て、敵襲だあああーー!」
「......獣公国が......」
人々が何故か慌ただしく騒いでいた。遠くの方で大きな鈍い音も聞こえる気がする。だが、ルーナの知った事ではない。
「だめだ!門が破られる!」
「援軍はまだか!」
民衆をかき分け、子供が一人泣き喚いているのをよそ目にバリーの元へ走る。
「親父!」
やっと、バリーのいた路地裏にたどり着いた。バリーは、さっきと同じように地面に座り空っぽの酒瓶を逆さまにして舌を出していた。
「ルーナお前......」
「親父!金......!」
ルーナはしゃがんで手に入れた巾着袋をバリーの目の前に見せた。しかし、ルーナの予想とは裏腹にバリーの顔は鬼の形相にかわった。
「なに街中で人殺してんだよ! しかもそんな血だらけで剣持って街中走り回ってたのか!? そんなの自分を通報してくださいって言ってるようなもんじゃねえか!」
「......え、で、でも......」
がしゃん、と金属音が聞こえた。ルーナもバリーも振り返る。そこには3人の兵士がいた。金属音は兵士たちの鎧の音だった。兵士たちは全身鎧で兜もかぶっていて表情が見えない。
瞬間、ルーナは脇腹がカッと熱くなるのを感じた。熱さはすぐに痛みに変わっていく。ルーナは一瞬何が起きたのかわからなかった。だが、戦場で何度も経験したこの痛みは、誰かに刃物で刺された物である事はわかった。
ルーナを刺したのはバリーだった。バリーは隠し持っていた護身用のナイフでルーナを刺したのだ。
「......そ......な......どうして......」
「へ、兵隊さん! 殺人犯を倒してやりましたぜ!俺はこんな足だがまだまだ戦える! お、俺を雇ってくれ!」
兵士たちは返事をせず、動かない。バリーは片足ですぐに立ち上がる事ができず、四つん這いになって兵隊の元へ近づこうとする。ルーナはバリーの服を掴んだ。脇腹の傷は浅かった。
「......待ってよ......」
「俺に触るな! くそ! さっさとくたばっちまえよ!」
今度はルーナの右肩を刺した。ルーナは痛みで叫んで地面に倒れる。バリーはルーナの首を掴んだ。
「お、親父......」
「うるせえ! うるせえんだよ! ずっと! 俺の事を親父親父ってなあ! くっついて回って! 気味がわりいんだよ! 俺はお前の親じゃねえ!」
「......!」
「へへっ......そうだよ。その赤い目! エルフは銀色の目だ! だから父親が赤い目になってなきゃおかしい! そうだ! 俺の目を見てみろよ! 黒いだろ!? なんで気づかねえんだよ! 俺はお前の親父なんかじゃなかったんだ!」
バリーは再びナイフをルーナに突き刺そうとする。
「や、やめ......」
その時、ルーナは、さっきの男のようにバリーの体が徐々に化け物に変化していくように見えた。バリーの両目が釣り上がり、口から大きな牙がはえて頭に大量の目がはえてきた。
「う、あ」
同時に化け物に無数の赤い線が伸び出す。
「うわあああああああああああ!」
ルーナの短剣がバリーを突き刺す。ただし、首から少しずれた、左肩だった。ルーナは間一髪の所で刃を急所からそらした。
「......は」
「......」
「この野郎! この俺を殺そうってのか! へへっ......旦那ら見やしたか? この悪党を俺が殺してや」
グサッ......
ルーナの顔に血飛沫が飛ぶ。血はルーナの物ではなかった。
バリーの胸から刃が飛び出ていた。
刃が一気に抜かれ、拍子にバリーの体はだらりと地面に倒れる。
「え......え?」
「とんだ茶番を見せられたな」
一人の兵士の剣にバリーの血がべっとりとくっついている。
「このガキどうします?」
「一般市民は皆殺しだ。一人残らず......いや、一匹残らずか」
バリーを斬った兵士がルーナを見た。兜の奥に獣顔が見える。血に染まった剣は月明かりでギラついていた。
「ひ......ひいいいい......!」
ルーナは痛みと恐怖と混乱とショックでもう何がなんだかわからない。気づけば目の前の兵士を斬り、助けに入ったもう一人も斬っていた。
「な、なんだこいつ......強い......!」
驚くもう一人を放っておき、傷だらけの体を抑えて、走る。どこに向かって走りたいのか、そもそも自分が何をしたいのか、全くわからないままルーナは走り続けた。途中、さっきの兵士と同じ甲冑の兵士たちと何人も出くわしたが、無我夢中で斬り進んだ。
建物は燃えあがり、人々は逃げ惑っていた。だが、走るルーナには周りが見えなかったし、聞こえなかった。
ある時、ルーナの足が止まった。暗くて周りがよく見えない。だが、人の気配がない。静かな場所だった。ルーナはゆっくりしゃがみこんだ。
「親父......そんな......私はずっと憧れてて......それで......」
ルーナの目から涙が流れ出た。今まで堪えてきたが限界がきていた。
「......っうぅ......お願い......お願いだから......誰か......私を......」
人の手が見えた。まるでルーナに手を差し伸べているようだった。手は一つだけではなかった。たくさんの手がルーナに差し伸べられていた。ルーナはここが更地である事に気がついた。
無数の死体が転がっていた。
だが、ルーナには大人達が手を差し伸べてくれるように見えた。大人達がルーナを優しく受け入れてくれるように見えた。
「う、うええぇ............ッ............」
ルーナは泣きながら、大人達の元へ__大人達の死体の山へ歩いて行った。
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