3.娼婦
バリーの左足は切断された。
片足がなくなり戦えなくなったバリーを傭兵団はあっさり街に置いていってしまった。
「ザけるな……ザけるなよ……あいつら……」
バリーは空になった酒瓶を逆さまにして何分もかけて一滴を舌にたらす。
ここ2、3日片足のないバリーがやっていた事は酒を飲み続ける事だった。おかげですぐにバリーの懐はすっからかんになった。先の事は考えていない。水も食べ物もろくに食べていない。酒と血と汚物の臭いで鼻が曲がりそうに臭い。
街の路地裏に座り込み、時々通りがかる人に冷たい視線をむけられる。
「親父......」
傍ではルーナが心細そうにバリーを見つめていた。傭兵団が去った時、ルーナもバリーと共に残った。バリーがどんなに乱暴に追い払ってもルーナはずっとくっついていた。
「ルーナ! 消えろっつったろ! クソッ......目障りなんだよ!」
ルーナの頭に衝撃が走り、猛烈な痛みと共に一瞬気が遠くなる。バリーが酒瓶をルーナに投げつけたのだ。
皮膚がきれて血がぽたぽたとルーナの頭から流れる。
「......うッ......」
「どっか行っちまえ!」
ルーナは長い耳がペタっと垂れ下げて泣きそうになるのを必死で堪えている。だが、どこかに消えるそぶりは見せなかった。
バリーは足を見る。
「あいつら......命が助かっただけありがたく思えだと......? ざけんなッ! こんなのもう......死んだも同然じゃねえか......。」
バリーはずっと傭兵として剣をふって生きてきた。だが、もうこの足で戦場に戻れるわけがない。それどころか、街の外に出た時点で野盗の餌食になるだけだ。バリー自身がそっち側の人間だったからこそ、街の外がどれだけ危険かよくわかっている。それなら、街で生きて行く他ないのか?片足のない初老の男がどうやって生きて行くのか?
ぽと、と軽い物が落とされる音がした。数歩歩いた先でくたびれた服に身を包んだ男の目の前にパンが一欠片投げ落とされる。男は泣きながら地面に額をつけていた。バリーが口を開けてその様子を見ていると、パンを男に渡した獣人がバリーの前にもパンを落とした。
「あ、ああ......」
バリーは頭を抑える。
「ああああああああああああああああ!!」
バリーはパンを拾って獣人に投げつけた。
「俺を......憐れんでるのか? ......ああああああクソクソクソクソクソクソッ!! ふざけんな! 俺は戦場で負け知らずって言われた男だぞ!」
パンを投げつけられた獣人は驚いてさっさと逃げてしまった。バリーが突然大声をあげて、周りを歩いていた人々も驚いた。だが、目を合わせないようにしながら通り過ぎていった。
「......俺のいるべき場所はこんな所じゃねえ。こんなの、俺じゃねえ」
バリーは道ゆく人々を見上げた。人間、獣人、様々な見た目の人々が、ぽつぽつと行き交っている。皆、バリーに目を向けず、まるでそこに誰もいないかのように通り過ぎて行く。
「......あんなに祈ったのに......女神様......こんなのってねえよ......」
「......」
「......ルーナ......」
バリーはようやく、まだルーナが傍にいることに気がついた。涙に濡れたルーナの視線は、かつての羨望の眼差しとは程遠い。
「そんな目で俺を......」
喉がつまった。誰にも見られていない方がましだった。ルーナの視線はバリーをますます惨めにした。
ルーナはいつものようにみすぼらしいボロ切れのような服を着ている。ルーナの愛剣は傭兵団が持っていった。金目の物は持っていない。
バリーは舌打ちをしてルーナの首を掴んだ。掴んだ右手に力をこめる。
「いいかもう何度も言わねえぞ。消え失せろ。次俺の視界に入ってきたらぶっ殺してやる。」
バリーはルーナを放した。ルーナはぶるぶると震え上がった。
バリーはふと、さっきまでいなかった人間の少女達が路地裏に立っていることに気づいた。貧しい格好をした少女達はこちらを気にするそぶりは見せず、大通りの方を見ていた。
「......」
もう夕方も過ぎ、青紫色の空に、欠けた月が輝き始めていた。
「おい、ルーナ。お前もあれやってこいよ」
「............え?」
ルーナは、一瞬バリーが何を言っているのかわからなかった。バリーは少女達を指さす。少女達は大通りを歩く男に笑顔で話しかける。すると、気に入ったのか、男が少女の一人を連れていった。ルーナは体を震え上がらせた。その行為の意味はルーナも理解していた。ルーナは、傭兵団にいた頃仲間達が、捕まえた女に好き勝手しているのを見ることがあった。
「お前いくらヤっても孕まねえだろ。女の機能も果たさねえのに一丁前に女の体してんじゃねえか。お前ほどああいうのが似合う奴ぁいねえ。人間でもエルフでもねえハンパもんだが、そんだけ上等なエルフ顔してりゃ、それなりに客つくだろ。稼いだ金で酒買ってこい」
「で、でも......」
「行けつってんだろ!」
バリーは地面に転がった酒瓶をまた投げた。ルーナの体にあたる。
「や、やだ!」
バリーはルーナの頭をぶん殴る。ルーナは痛みを堪えてバリーにしがみついた。
「行け!行けったら!」
胸、首、また頭。しがみつくルーナを何度も殴りつける。
「......ううっ......」
「......!」
突然、バリーの口からうめき声がでた。ルーナは赤い目を大きく見開いた。
「ち......しょう......ううっ......」
「......あ」
バリーの表情を見た時、衝撃がルーナを襲った。体を殴られた時よりも比べものにならない程大きな衝撃だった。ルーナはいても立ってもいられず走った。
ルーナは大通りまで走ってくると、ルーナは途方に暮れて座り込んだ。大通りでは、多くの人間と獣人で賑わっていた。
(......親父、まるで知らない人みたい。)
昼間程の人だかりではないが、街にいる事の少ないルーナにとって馴染みのない人の量だった。皆仕事帰りなのか朗らかな顔をして談笑しながら歩いている。さっきバリーが指さしていた少女達はその中に入っていって色々な人に声をかけている。
(お腹空いたな......)
ここ数日ずっとバリーについてまわっていたルーナもまた、まともな食事をしていなかった。今まではバリーの言う通りにしていれば良かったのに、今はどうすればよいのかわからない。
ルーナの知っている他の金の稼ぎ方は、他人を殺して奪う事だ。だが、ここは街だ。余程うまくやらないと簡単に捕まってしまう。それに武器がない。ルーナはそこまで力が強くない。傭兵団ではルーナの腕は認められていたが、剣がなければただの子供だった。
(......あ)
ふいに、大通りの通行人の中で膨らんだズボンのポケットの中から無防備に巾着袋が出かかっている人がいた。金持ちそうな人間の中年男だ。
(......)
ルーナの足が動いた。空腹で頭が動かない。ほぼ反射的にルーナの足は男を追いかけていた。男が立ち止まって屋台に並べられた果物をじっと眺めている。
(い、今なら......)
ルーナの心臓が早鐘を打った。ルーナは男の後ろに背中を向けて立ち、別の屋台を見てる風を装った。手が男の巾着袋に一瞬触れる。男は気づきそうにない。
ゆっくりとルーナは巾着袋を男のポケットから抜き出した。男はまだ気づかない。
(やっ......)
「おい何してる!」
巾着袋を手にしたルーナの腕が掴まれた。
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