回想
1.王子様と妖精の御伽話
昔々ある所に、王子様がいました。
王子様は、ひとりぼっちでした。
王子様は、ご飯を食べるのも、本を読むのも、剣の稽古をするのも、夜眠るのも、ひとりぼっちでした。ある日、王子様の元に一匹の妖精が迷い込んできました。妖精は身体中が傷だらけで、仲間からはぐれてしまいました。
妖精もまた、ひとりぼっちでした。
王子様は妖精の怪我の手当をしました。王子様と妖精は友達になりました。
王子様のおかげですっかり元気になった妖精は王子様に言いました。
『お礼に妖精の国に連れて行ってあげるよ。』
……
............
「............」
「王子様は喜んで妖精に着いていきました。妖精の国は、とても、とても、……誰も想像できない程美しい場所だと言われています。こうして、王子様と妖精の長い、長い旅が始まりました」
「......」
ハーフエルフの少女は馬車に乗っていた。赤い綺麗な瞳にいっぱいの涙を浮かべていた。銀色の髪を持ち、人形のような可愛らしい顔立ち。人間にしては長く、エルフにしては短い耳。右耳の先は、なぜか欠けている。さっきまで大泣きしていたハーフエルフの少女はいつの間にか夢中になって「物語」を聴いていた。
物語の語り手は人間の少年だった。金髪に、ハーフエルフの少女と同じ赤い瞳。身なりはボロボロの兵士の格好だが、顔立ちははっとする程美しく、まるで物語の王子様のようだ。
「......」
「ほら、見て。月も星も皆宝石のようにキラキラ光ってる」
死体を積んだ馬車に揺られながら少年は夜空に指をさした。
「きっとあそこに妖精の国があるんだよ。」
ハーフエルフの少女は、赤い瞳をまんまるに開いて空を見る。
たしかに、夜空は美しかった。少年の言う通り、きっとどこかに妖精の国があるのだろう。
「いつか妖精の国に行くんだ。だって、俺は王子だから。」
*
「お、お願いです......! 息子だけはどうか......! まだこんなに幼___」
ガッ......と大きな斧が風を斬り、嫌な音が響く。瞬間、必死で嘆願していた獣人男の顔が血で染まり、次の瞬間には男の体全体が自身の血で染まった。巨大な斧の主は口の端を吊り上げながら他の獲物を探す。
周りには同じように武器を持った残忍な男たちが村人達を追いかけ回していた。
村人は顔に独特の模様があり、耳や尻尾などの獣の特徴を有している。獣人だ。獣人達は猫や犬、兎など動物の種類は様々だ。獣の度合いもそれぞれ違く、人間の体に兎の耳がついているだけの者もいれば、狼がそのまま立っているかのように見える者もいる。
村を襲っている男たちは皆人間で、皆武器を持ち、抵抗できない村人たちを無慈悲に殺していた。
阿鼻叫喚の中、少女が走っていた。さらさらとした銀髪を三つ編みで一つに結び、真っ赤な赤い瞳できょろきょろと村中を見渡す。少女は人間にしては耳が尖っていて長い。だが、エルフにしては耳が短い。ハーフエルフだ。
まだ幼さの残る整った顔立ちの少女は、追われる側、ではなく、追う側だった。
「よくも......っ息子と夫を......!」
「......!」
女が、巨大な斧を持った男に包丁で切り掛かる。男はよそ見をしていたせいで反応が遅れる。
女の包丁が男の背中に突き刺さる。......いや、その前に女は背中から大量の血が噴き出て倒れた。女が倒れた先には、瞳と同じくらいに身体中が返り血で真っ赤に染まったハーフエルフの少女が立っていた。手にはロングソードが握られている。
「すまねえ、助かったよ、ルーナ」
「親父は?」
男は顎を突き出す。その方向にはこの村で一番大きな家が建っていた。この村の長の家だろうか?
ルーナは走り、扉を開けて中に入った。男が一人立ち、手を組んで祈っていた。部屋は血が散漫し、物が荒らされていた。
「なんだ?ルーナ」
「ここの村長は強いって聞いたから」
ルーナの父、バリーは鼻をならして、地面に転がっていた物を蹴飛ばした。そこには獣人族の男が全身から血をふき出して倒れている。
「屁でもねえ」
「さ、流石っ!」
「いつも女神様が俺たちを守ってくれるからな。お前も祈れ」
ルーナは頷き、バリーにならって手を組む。しばらくすると、バリーが周辺の物を漁りだす。バリーは村長が持っていた剣を持ち上げる。
「おい、ちょっと試し斬りつきあえ」
バリーは剣を両手で持って構える。ルーナは戸惑ったが、バリーが早くしろと睨みつけてくるので仕方なく剣を構えた。
瞬間、ルーナは空気が変わるのを感じる。バリーの殺意が伝わり、ルーナの首に汗がしたたる。
カキンッ
刃が交える音が響く。脳みそが考えるよりも早くバリーの剣を受け止める。バリーよりはるかに軽いルーナの体が反動で後ろに飛ばされる。素早く受け身の体勢をとり、地面に着地。
ルーナの目に数本の赤い線が浮かんだ。全て、バリーの体に向けて伸びている。ルーナがいつも敵と戦う時に出てくる線だ。この線は敵の急所に向かって伸びている。
赤い線は他の人には見えない。物心ついた頃から剣をふっている内に自然とルーナにだけ見えるようになった。
しかし、ルーナは赤い線を拒んだ。赤い線をたどればバリーを傷つけてしまうかもしれないからだ。だが、それが一瞬の判断の遅れになった。
バリーの目が光り、剣を下から振り上げる。
ルーナは慌てて避けるが、刃がルーナの長い耳に触れる。
「ッ.....!」
ザクッと鈍い音と共に、ルーナは片耳に強烈な痛みとも熱さともとれないような感覚を覚える。片耳の先は欠け、ルーナは痛みに耐えかねて倒れる。
「おいおい、やりすぎじゃねえの」
仲間が入ってきて、汚れた布でルーナの耳の血を止める。
「わりいわりい。いつも使ってるやつより長くてさあ。これ思ったより切れ味いーぞ」
バリーは満足げに手に入れた剣を掲げた。
「なんだよ、グラント。不満そうだな」
「若い女が一人もいなかったぞ」
「だから言ったろ。ここら一帯は、じき戦場になる。頑固に居残ってるのは老いぼればっかだ」
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