来る
さて、かの地、ムカデキングの封印が解かれた小さな村は、大騒ぎだった。
高層ビル程もありそうな巨大ムカデ、のみならずそんな怪物に付き従う、体長二メートルはあるであろうムカデ達がうじゃうじゃしている。
ムカデ達は、村人達に襲いかかった。ある者は寝ている所を、頭からバリバリと食われたり、逃げ出そうとした人間が尾っぽの毒入り針を刺され、真っ赤になったり真っ青になったりして、しまいに泡を吹いて死んでしまったり。
ムカデの暴動に、人間達は成すすべも無かった。
「スサノオを呼び出してくださいよ!」
慶喜は健になおも頼んだ。
「大ムカデを倒したのが彼でないとしても、それでもあの音楽を…あの素晴らしい曲を創り出し、世に放ったのはスサノオなのでしょう?!
それ程の力があるのなら、ただの人間よりは頼りになるはずです!」
野太い笑い声が、その場に響いた。慶喜は、そして健も一体何が起きたのか分からず、宙を見る。笑い声は、天から降っている様に聞こえていた。
その笑い声は、ムカデキングのものであった。ムカデキングは、腹を抱えんばかりに大笑いしている。
「愚かな人間どもめ!まだ分からぬのか!お前の見たスサノオは、どこかで眠るゴキブリゴッドの霊が、姿を変えて見せたものよ!お前たち人間に罰を与えるため、あのおぞましい曲を与えたのだ!
スサノオなどというただの人間、とっくにこの世でも、あの世でも姿を消しておるわ!」
それを聞いた健は、目を大きく見開いたまま、体や表情を硬直させていた。顔面は蒼白である。
「そ…そんな…じゃあ、俺が見たものは…」
「ゴキブリゴッドの創り出した幻覚だな!」
ムカデキングはショックを受け、その場に頽れる健を前に高笑いしていた。
意外にも、健にとってスサノオノミコトの啓示は、心の拠り所となっていたらしい。
慶喜にとっては、どうでも良い事だった。
ゴキブリゴッドという、不快害虫の様な名前の者が何者なのか知らないが、とにかくあの素晴らしい曲を創り出し、この世にもたらした…ただそれだけで、敬愛に値する。
健がショックを受けているのは、彼があの曲の魅力を理解していないからだろう。
ムカデキングが高笑いをピタリと止めた。その気配に、他のムカデ達も人間を貪るのを止め、様子を窺っている。
「来た…!奴が!」
ムカデキングが呟いたその声には、先ほどまでの余裕が失われ、焦りと緊張が籠っている風に聞こえる。
遠くから、バサバサという羽音が近づいているのが分かった。
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