王の帰還
木陰に隠れながら、健と慶喜は川上の婆の様子を窺っている。地面の揺れは凄まじいのだが、婆は一人平然と立っていた。
「あの婆は一体、何者なんですか?この村でおかしくなった家族の仇を討つべく、動いていたのではなかったのですか?」
慶喜は健に尋ねた。
「誰が言ったのですか?そんな事を?!そんな訳が無い…だって、あの婆は私が子供の頃からこの村にいたのですが、その頃から既にあの風袋であの様でしたよ。
父の晃堅も同じ事を言っていました。『俺の子供の頃から、あの婆はあの様で年恰好も全然変わらない』と。」
「…それが本当なら、川上の婆はかなりの歳ですね。」
「ええ。それに何かと『ムカデ明神様の祟り』を持ち出してくるし、気味が悪いので手出ししていませんでした…」
こんな事ならさっさと殺しておけば良かった、という内容が続くような、そんな気がした。
これから一体、何が起きるのか分からないが。
川上の婆の背後で、地面が大きく盛り上がった。その面積は神社の境内を通り越し、神社を囲む木々にも及ぶ。
地面が弾け飛び、何かどす黒いものがものすごい速度で、天に昇るように飛び出してきた。
その出てきたものは、体長が少なくとも百メートルはありそうだった。顔を天に向けても、先の方まで確認する事ができない。
境内以上もある横幅は、かろうじて全体を見る事ができた。
それはまるで、鍛えられた腹筋の様に見える。巨大な腹筋の塊が、縦に並び、横からは太く長い触覚のようなものがのびて、蠢いていた。
「ムカデキング様ー!お待ち申し上げておりましたー!」
川上の婆はそう叫びながら身を屈め、目の前の巨大なものを拝む姿勢となる。
すると、天の方から、ムカデキングと呼ばれる存在の頭にあたるであろう場所から、野太い声が響くように聞こえてきた。
「うむ、ご苦労であった。其方のおかげで、再びこうして地上に舞い戻る事ができたぞ。」
川上の婆の体が光に包まれ、その光が消えた時、彼女の姿は等身大のムカデとなっていた。
「そうか…あいつは、ムカデキングの眷属だったのか。」
健が物陰から一部始終を見て、悪態をつくように言い捨てた。
「ムカデキングって、スサノオが倒した大ムカデの事ですよね?」
慶喜がそう尋ねたのだが、健は押し黙ったまま何も答えない。
「じゃあ、スサノオノミコトに頼んでくださいよ。あいつを倒したのはスサノオノミコトなんでしょう?!」
「無理だ…」
健が絞り出すようにして、ようやく答えた。
「え、何で…」
「スサノオノミコトではないんだ、大ムカデを…ムカデキングを倒したのは!」
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