犯人

「この川上の婆は、この村であの曲に魅了されなかった稀有な一人…しかし、彼女の家族はあの曲に、健や昭三郎達に振り回され、裏家業に身を投じ結果、破滅したのです。」


英が続けてそう言った。川上の婆に、そんな過去があったとは。

薮根家が、他の村人たちが彼女を放置しなすがままにしているのは、無意識下にある罪悪感とそれによる恐怖であろうか?


それとも、稀にあの曲に魅了されなかった事を気味悪く思われて、手出しすれば何か不吉な事が起きるかもしれない、と思われているのかもしれない。


「川上の婆の手助けにより、私は見事気づかれず、あの二人を…晃堅と弘子の二人を殺害する事に成功しました。」


「あの殺人は、あなたがた二人によるものだったのですか。」


急にとんでもない告白をされた訳だが、慶喜はそれほど驚かなかった。そんな展開だろうな、と話を聞くうちに予測できていたのかもしれない。


晃堅と弘子夫妻の殺人事件は、考えてみれば単純なものであった。推理小説の様な難解なトリックも無い。

それでも犯人が見つかっていない理由は、そもそも捜索されていないからであろう。警察に、届け出すら出されていないのだ。


薮根家の屋敷内では普段から、使用人など屋敷内の者と鉢合わせる事が全くと言って良いほど無かった。

抜け道がどこへ通じているのか知らないが、こっそり地下の牢を抜け出て侵入する事は、難くない気がする。



しかし分からないのは、動機である。

英は晃堅については、思う所があったかもしれない。しかし弘子に関しては、怒りや恨みを抱く程の関心がある様には思えなかった。

英は弘子に関して、実母であるにも関わらず、愛憎の類どころかそもそも関心を持っていなさそうである。


それに、私怨が動機であるならまず健を狙うだろう。

しかしそこで、思い至る。健は一体、どこにいるのか?


慶喜の心中を察した様に、英は片手のひらをこちらに向け、否定する素振りを見せた。


「そうではありません。私は決して、私怨から二人を殺した訳ではないのです。」


「えっ…じゃあ、一体何のために?」


「薮根家の家督を奪還するためです。もちろんそれなら、昭三郎と健を真っ先に殺すべきでした。

しかし、健は47歳の時に自分を死んだ事にして、姿を消しているのです。

薮根家にたまに帰って来る事はあるらしいのですが、大抵が村の外を飛び回っている。

昭三郎が殺されたと聞けば、確実に健は戻るに違いない。昭三郎を殺し、続けて健も殺害できる、悪くない考えです。

そう思い、私はここを抜け出ては用心深く屋敷内を歩き回り、昭三郎のいる部屋を探しました。

しかし、見つけたのは昭三郎ではなく、父の晃堅だった。」


「それで殺したのですか?」


「牢を出て歩き回る姿を見られた以上、ね。」


確かに殺害動機は、私怨ではない様だった。私利私欲である。

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