隠された素性
英は健と彼を容認した晃堅について、あまり良く思っておらず、幾分憤りもある様に見える。
しかし、母弘子に関しては、最初から諦めているような、あてにしていないというか、そんな距離感を感じた。それ故に彼女に対しては、多少の憐れみがある様だった。
人は、自分よりも著しく劣ると判断した相手に対して、非常に寛容になれると聞く。
「それで…健さんは、昭三郎に家督を継がせるためには、あなたの存在が邪魔になると思い、あなたを投獄したのですか?」
「…殺されかけたのです、毒を盛って。それ以来、危機感を抱いた私はおかしくなったフリをしました。その結果、ここへ放り込まれたのですよ。」
「よく殺されませんでしたね…」
「薮根家の人間を、楽器にする事は不可能ですからね。昭三郎から聞いたと思いますが…
それに、閉鎖的な村とは言えやはり、人一人分の死体を隠滅する事は面倒ですから。」
「それは初めて聞いたような…あなたは、あの曲についても色々とご存じの様ですね。
実は、あの曲を聴いても魅了される事の無い者もいるのです。それはなぜなのでしょう?」
慶喜は以前、陽介が曲を聴いても全く何の影響も受けなかった事を、思い出して尋ねた。
「それはあの曲が、ひいてはスサノオノミコトが相手を選んでいるからですよ。」
英の代わりに口を開いたのは、川上の婆であった。
「あの曲は、相手や時と場合に応じて、人を魅了したりしなかったりするのです。」
その口調は、静かで落ち着きがある。しかしそれ故に、これまで常軌を逸しているとの印象を抱いていた相手なだけに、慶喜ら二人は圧倒され立ち竦んだ。
一体、この老婆は何者なのか。なぜ、あの曲のあれこれについて詳しいのか。
「この川上の婆がいなければ、私はここで朽ちるのを待つばかりでした。」
英が再び口を開き、今度は川上の婆との繋がりを話し始めた。
「この牢の中で意気消沈していた私の元に、こうして抜け穴を作って来てくれて、色々と手助けしてくれたのです。」
「ええっ!そ、その…川上の婆さんが、一人で作ったのですか?!」
英は頷いた。慶喜も英二も、信じられないという顔になる。
この地下から地上まで、どこへ通じているのか分からぬが、老婆が一人で掘って造ったというのだ。
「信じられないでしょうね、私もそうでした。しかし目の前に穴が開き、そこからこの婆がひょっこり出てきたのですから、もう信じるしかありませんでした。」
川上の婆は、そう話す英の隣で感情の読み取れぬ顔を変えずに、佇んでいる。
一体、この老婆は何者なのだろうか。
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