再来

夕餉を終えると、慶喜達二人はいつものようにCDプレイヤーを準備し始めた。

その間、お嶋はテキパキと二人の食べ終えた食器類を片付け「ほどほどにしときぃや」と言って、部屋を下がっていった。


慶喜らはイヤホンを耳に当てる仕草をしつつ、軽く頭を下げる。

何某か疑う様子も無く、お嶋は少々呆れた顔をしていた。いつも通り、慶喜達はこれから夜通しCDに聴き入るのだろう、と信じきっている。


お嶋が部屋を出た後も、慶喜らはすぐに事を起こさず、十五分程そこでじっとしていた。

目の前に、あのCDがあり手を伸ばせば聴く事ができる…それに耐える事は辛い事であった。

しかしあの川上の婆の、正気にしか見えない姿、床下扉の下にいる者の正体、好奇心もまた酷く掻き立てられている。


「今夜だけ、今夜数分の辛抱だ。それで済むのだから…」と、そう思い二人は耐えた。


不思議な事だった。この曲を知ってからというもの、他の何にも興味を抱いた事が無い。

曲を聴かずにいる事に耐えてでも知りたい、そんな風に思う事があるなんて。

何か不思議な存在、人ならず者、この曲を世に与えたスサノオノミコトに匹敵、もしくはそれ以上の力を有する者が背後にいるような、そんな気がした。


そろりそろり、と襖を開き周囲に誰もいない事を確認すると、二人は歩き出す。

迷路のような屋敷内であるが、慶喜はどういう訳か一度行ったきりの床下扉のある場所への道のりを、覚えていた。

これは、記憶力に難のある、道順を覚える事の不得意な慶喜にとって驚くべき事であった。

不思議なものである。やはり、何某かの力が働いているのだろうか?という気にもなる。


目的地まで、二人は一言も喋らなかった。そして道中会う人間も、誰一人いない。

薄暗い廊下を、何かに糸引かれるようにして歩き続け、気づくとあの床下扉のある場所に辿り着いていた。


周囲を確認し、扉を開くとあの日見たのと同じ階段が下へと続いている。

素早く中に入り、扉を閉めるとゆっくりと階段を降りて行った。

足元に段差を感じなくなり、階段が終わって部屋に着いた事が分かる。


――電灯が消されている


あの日、慶喜は電灯を消し忘れたまま立ち去った。つまりあの後、中に入った者がいるという事だ。

当たり前の事である。牢に居る者の食事なんかの世話をするため、誰かしら使用人が出入りするはずだ。

その使用人は、深く考えずにいてくれたろうか?と慶喜は再び不安を感じた。


壁をつたって電灯のスイッチを探そうとしたその時、ぱっと部屋の中が明るくなった。

驚いて横を見ると、そこには当然英二がいて驚いた顔をしているのだが、牢の方を見るとその中にはあの、いつぞやの髭と髪を伸び放題にした誰か、そして隣には川上の婆が静かに控えていたのだ。


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