座敷牢

急に目の前が煌々と明るくなり、慶喜は眩暈を感じて、目の前がぐらついたのだが、間もなく慣れて周囲の光景を把握するに至った。


目の前に現れたのは、小部屋いっぱいに敷き詰められた格子。下の方には小さな出入口があり、ピッタリ閉ざされている。


呻き声は、格子の奥から聞こえてきた。よく見ると、微かに動く何某かの影がある。

鍵がかかっているであろう、格子で遮られていると知り、慶喜は一先ず安堵した。

安心すると、再び好奇心が頭を擡げてくる。


慶喜は少し、格子との距離を縮めた。

影がむくりと起き上がり、そしてあっという間に格子の真ん前まで走り寄るようにして移動してきた。


伸び放題の髪や髭、獣のような唸り声をあげる口からは、並びの悪い歯がのぞき、涎が垂れている。

髭と髪の間から僅かにのぞく皮膚は、日に当たっていないせいか、不健康に生白い。

濁った目は真っ直ぐに、慶喜を見ていた。


「ひいぃっ」と思わず悲鳴をあげ、慶喜は来た方角を向くと、走り出した。

真っ暗な階段を、途中躓く事も気にせず、無我夢中で登り、外に誰かいるかも等と用心する余裕も無く、勢いよく扉を開けて這い出したのだった。


恐怖で心臓はバクバク鳴り、息が荒い理由は急いで走っただけによるものではない。


幸いにして、辺りには変わらず誰もいない。

慶喜は大急ぎで這い出ると、床扉を閉じた。閉じた所でホッとしたせいか思い出したのだが、地下の灯りを消す事を忘れてしまっていた。


しかしもう、戻る気にはなれない。あの牢屋の様な場所は、おそらくいや確実に鍵がかかっている。あの正体不明な人物が、こちらに危害を加える事は不可能だ。


しかし、今から引き返して灯りを消した後、周囲に人がいないかヒヤヒヤしながら這い出る事を考えると、実に面倒だった。

灯りが点いたままであれば、この屋敷の誰かは気付き、自然闖入者である慶喜と英二に疑いの目が向くだろう。

いや、しかし定期的に食事なんかを届ける者の誰かが忘れたのだろう、とかそういう思考になる方が自然ではないか?

ものぐさなあまり、慶喜はそうした希望的観測をもって、灯りを点けたままでその場を立ち去った。


部屋への道は分からぬままだったが、途中慶喜を探しに来たお嶋と遭遇し、無事トイレへ行った後、部屋へ戻る事ができた。

部屋では英二が、とっくにイヤホンを耳に付け、CDに聴き入り陶酔している。もちろん慶喜に気付く様子は無い。

慶喜もまた、そんな英二に声をかける事も無く、真っ直ぐCDプレイヤーの方へ向かっていった。






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