地下

「確かトイレは…ここを曲がって…」


慶喜はおぼろげな記憶を頼りに、屋敷の中を一人彷徨っていた。


「あれ?おかしいな…何か道が違うぞ。」


どうやら屋敷内で迷ってしまったらしい。

こんな事なら、お嶋に詳しくトイレまでの道を聞いておくのだった、と今更後悔する。

使用人の一人でも通れば、道を聞く事も可能だが、誰一人として遇う気配が無い。


「困ったな…」


道を聞く事のできる誰かに遇えないだろうか、と慶喜はとりあえず彷徨い歩く。

廊下の横に、小さな、人が二人入れる程のスペースがポツンと在り、目についた。


「何だこれ?」と気になり入ってみると、足元に四角く縁どられた床下扉とおぼしきものがある。

何気なく把手を引っ張ると、なんと易々開いてしまった。

少し焦ったものの、好奇心の方が勝り、そのまま開ききってしまう。


扉を開いた先に見えたのは、階段だった。その階段は、下へと続いており、途中からは闇に溶けるようにして見えた。


慶喜はゴクリと唾を呑んだ。階段の先にあるものを見たい、という好奇心と、屋敷の者に見つかったら厄介だという気持ちがせめぎ合っている。


床下扉の裏を見ると、そこにも把手がある。

慶喜は恐る恐る中に入り、扉をそっと閉めてみた。そして中から扉を押すと、容易に開いたのである。


床下扉を閉じておけば、中にいる間はたとえ誰かが通りかかったとしても、知られる恐れは無い。

慶喜はそのままゆっくりと、階段を降りていった。

扉を閉じると、中は真っ暗である。気を付けなければ、転んでしまう。


降り始めてから数分経ったろうか。通常の一階から二階程度の距離なのだろうが、真っ暗闇の中、緊張気味でゆっくりと降りているためか、かなり距離を長く感じる。


次の段差が無い事から、階段を降り切ったと悟った。

辺りは真っ暗で、一体周囲がどの様になっているのか皆目分からない。

慶喜は壁にペタペタと手探りで、電灯は無いか探し始めた。

手を、コンクリートなのか漆喰なのかよく分からない、冷たい壁に這わせた先に木の様なものへとたどり着く。


手触り、匂いなど、明らかに木である。もちろん木が生えているのではなく、DYIなどの材料として在る、木材であった。

木材が、数センチの間を置いて在る事が手触りで分かる。


これは木材で作られた、格子状の何かである、と判断した。

そしてこの格子状の先には、何か、生き物の気配がある。


「うううう…」


獣の唸り声が聞こえてきたので、慶喜は思わず飛びのき、格子から離れた。

唸り声、そして気配が近付いて来るのが分かる。


心臓が凍り付く様な恐怖を感じ、すぐに引き返そうと手を伸ばした先に、何某かのスイッチを押す手応えを感じた。

目の前が、急に明るくなった。どうやら、この部屋の灯りのスイッチであったらしい。



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