昭三郎による福音書
「聖霊があなたに降り、神である私の力があなたを包む。あなたによって懐妊する弘子は聖なる子、神の子を産むのだ!
その子を昭三郎と名付けなさい。彼は偉大な人となり、いと高き方の子と呼ばれる。
私は昭三郎に、この世の王座を与える。彼は永遠に世を治め、その支配は終わる事が無い。」
昭三郎は声を張り上げ、何かにとり憑かれた様に、どこか遠くを見る目でそう言った。
彼は健の前に現れたという、スサノオノミコトになりきっていた。いや、ひょっとしたら本物のスサノオノミコトが憑依しているのかも…そんな事を思わせる様子である。
「こうして私、昭三郎が産まれたのです。」
昭三郎は体勢や声の調子を戻し、そう締めくくった。
――あれ?英は…?昭三郎より前に、英を弘子は産んでいるはずだが…なぜその話を飛ばすのだろうか?
息子と後妻の密通よりも、慶喜はそちらの方が気にかかった。
話の展開に関りが無くとも、昭三郎は先妻の産んだ三女の話はしたのである。なのに、英の話はかすりもしなかった。
しかし慶喜は、それを問いたださない事にした。
英の話はこの場では、昭三郎に対してはタブーであると判断したのだ。
どうでも良いと思っていた話であるが、こうなると気になり探りたくなる。
お嶋に尋ねてみよう、と考えた。
お嶋、彼女はかなり口が軽い。こちらから聞いてもいないのに、藪根家についてあれこれ話してくれたのだから…
「スサノオノミコトが授けてくれた曲、それを聞いたこの村の者達は、すっかり曲の虜となりました。
生演奏を度々聴くためには、楽器の材料が必要です。そしてこの屋敷、村を維持していくためには金も必要でした。」
この村の人間が皆、堅気に見えない理由が分かった気がした。
慶喜達同様、彼らもまた曲のため、コンサートのために汚れ仕事をしているのだろう。
それがこの村の、藪根家の新事業の正体だったのだ。
昭三郎は、これからもコンサートを開き続けるために、共に励んでほしいと慶喜達に言った。
慶喜ら二人に、異存があるわけが無い。二つ返事で同意した。
英の存在の他、晃堅や弘子の殺人の真相、そして健はその後どうなったのか?お嶋は死んだと言っていたが…
とにかく謎は多く残っているが、コンサートを頻繁に開く事ができるのなら、気にはなるもののかなりどうでも良い話だと思える。
上機嫌で部屋を退出した慶喜達は、再びお嶋に案内され部屋へ戻っていく。
廊下を歩く途中、慶喜は尿意を感じた。
「ちょっと、トイレに寄ってから戻るよ。先に行っててくれ。」
「場所は分かります?」
お嶋が心配そうに尋ねる。
「ああ、大丈夫、大丈夫」
慶喜はそう言うと、向かっていたのと反対側を向いて、急ぎ足で去って行った。
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