感動

演奏が終わった後も、慶喜は感涙止まらず、鼻水を垂らし、口をぱっくりと開いた状態で、呆然としながら夢中で拍手し続けていた。


慶喜だけではない。英二も、他の観客も皆同じ状態である。


あの素晴らしいコンサートを、もう一度観る事ができた。それも今度は、四つの楽器を使って行われたのだ。

一つの楽器でも、あれ程素晴らしい曲を、歌声を奏でるのである。今回は四つ…なんと言い表せば良いのか、皆目見当もつかない、天文学的な素晴らしさであった。


「お気に召していただけましたか」


背後から声がして振り向くと、そこにはあの曲を知るきっかけとなった、CDショップの店員が立っていた。

キャップ帽を深く被り、マスクをしているが、嘲笑するかの様に目が三日月型に歪んでいる。

店員の横には、昭三郎が控えていた。


なぜ、ここにCDショップの店員がいる?昭三郎とどういう関係なのか?

「あ」の存在、あのホス狂い女の事をどうして知ったのか?

なぜ彼らは楽器になっている?……


謎は尽きないのだが、とにかく今の慶喜達は、目の前にいる二人への感謝の気持ちでいっぱいであった。

このコンサートを開いてくれたのは、目の前にいる二人である。そうに違いない、とそう判断していたからだ。


「あああ…ありがとうございます!ありがとうございます!」


慶喜と英二はその場に座る姿勢で、昭三郎とCDショップ店員を見上げ、両手を上げては頭共々下げるという行為を繰り返しながら、礼を言って感謝の思いを表現した。


慶喜達の顔は涙と鼻水まみれで、感動のあまり失禁までしていた。

そんな二人の様子に、昭三郎もショップ店員も不愉快な様子を一切見せない。


昭三郎達に宥めすかされ、慶喜達はなおも涙と鼻水、小便を流しながら感謝の言葉をブツブツと呟きつつ、促され建物の外に出た。

そして外で待っていた乗用車に乗せられ、ぼんやりとコンサートの余韻に浸っているうちに、藪根家の家の前に着いた。


慶喜達は運転手に挨拶や礼を言う事も忘れ、一言も発する事無く上の空で屋敷の中に入り、自分達があてがわれた部屋に戻っていた。


間も無くやってきたお嶋が、二人の放つ体臭に顔をしかめながらも、昭三郎の元へ案内すると言ってきたのである。


あれ程素晴らしい経験をさせてくれた昭三郎に呼ばれたのである、慶喜達に断るいわれは無く、シャキッと立ち上がり、すぐ案内してほしいと願い出た。


お嶋は二人の変わり様に、不気味なものを見る目を向けながらも、すんなりと案内した。

案内された和室には、昭三郎、そしてCDショップの店員が並んで座っている。




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