藪根家の一族
見せたいもの
あの曲が流れる、天国の様な場所で慶喜は気分良く漂っていた。しかし
「慶喜さん!慶喜さん!」
そう呼ぶ声と共に、乱暴に体をゆすられる衝動で、一気に現実へ引き戻された。
目の前には藪根家の使用人、お嶋が呆れた顔をしている。今回もまた、彼女が起こしに来たらしい。
目覚めたばかりの、ぼんやりとする頭と視界で辺りを見渡すと、そこは藪根家の、自分達が滞在していた部屋の中だった。
隣には英二がいて、彼もまた起き抜けのぼんやりとした様子で座っている。
脳が徐々に冴え始め、これまでの記憶が蘇ってきた。
初仕事を終え(多分)、昭三郎の運転する車に乗り、疲労困憊していた事そして、あの曲が聞こえてきた事から意識が飛んでいった。
そして目覚めると、この状況である。
なぜ、車内ではないのか?
これまでの事は全て、夢だったのか?それとも車内で自分達を起こさず、ここまで運んでくれたのだろうか。
どちらの可能性も、あると思った。しかし夢だとすれば、随分と記憶が生々しい。
困惑する慶喜達に、お嶋は
「昭三郎さんが、お二人にお見せしたいものがあるとの事です。一時間後にまた来ますので、それまでに準備を終えていてくださいね。」
そう言えばと、昭三郎が車内で「見せたいものがある」と言っていた事を、慶喜は思い出した。
やはりこれまでの経緯は、夢ではなかったのだ。
「見せたいものって何だろうな?」
お嶋が部屋を下がった後、英二が首を傾げて言った。
「さあ…悪いものではない、という風な言い方ではあった。」
「ていうか、金は貰えるのかな?」
大切な事を忘れていた、と英二に言われて思い出した。
そして、あの廃墟に監禁したままの女の事を。
しかし人間は飲まず食わずでも、三日は持つと聞いた事がある。
ましてやあの女は、並み以上に体が頑丈そうである。死にはしないだろうし、万が一死んでいたとしても、楽器の材料として惜しいがまあ、構わないという気がした。
しかしけっこうな苦労をしたのであるから、金は貰いたかった。
「よし、これから行って、会ったら金の事を尋ねるぞ。」
準備しておけ、とお嶋に言われたものの、二人共とくにやる事も思い浮かばなかったので、再びCDを聴き始めた。
そして、あの曲の中でまどろんでいる最中、再びお嶋に叩き起こされたのである。
玄関に案内され、屋敷の前に停まる乗用車に乗るよう促された。
慶喜は怖くなった。まさか山奥にでも連れていかれて、殺されるんじゃないか?と。
しかしそのつもりなら、依頼人を車に乗せた時点で、チャンスはあったはずである。なのに、それをしなかった。昭三郎には、藪根家には慶喜たち二人を殺すつもりは無い、と希望的観測かもしれないが、慶喜はそう信じる事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます