崖
飛香を入れた木箱、それを英二と慶喜の二人は持ち上げ運ぶよう、命じられた。
不規則な生活をしている身には、かなり堪える作業である。
運んだ先は、崖の上だった。崖と言ってもけっこうなだらかで、ゆっくりであれば十分降りる事のできるであろう勾配の程だった。
傾斜はゆるやかだが、所々に岩があり地面も堅そうである。
崖の先に箱を置くと、依頼人は崖下に向けて、思い切りその箱を蹴り上げた。
木箱は岩や、固い地面への衝突繰り返し、崖下に生えている大木に当たると跳ね返って、地面に叩きつけられた。
「おい!何やってんだ!」
依頼人が慶喜達を怒鳴りつける。「は?」という顔で顔を見返すと
「早く下行って、あれをここまで運んで来い!」
そう言って、崖下に転がる木箱を指して言った。
何で俺たちが…と内心文句を言いながらも、崖下に急いで降りていき、二人がかりで木箱を上へ持ち運ぶ。
木箱の中からは、低い呻き声が聞こえた。飛はまだ生きているらしい。人間というのは、なかなか死なないものだ。
依頼人は何度も木箱を蹴り上げ、その都度、慶喜達は降りていき再び木箱を上まで運んだ。
何度繰り返したのか、慶喜はもう覚えていない。疲労で頭が朦朧としている。
共に箱を運ぶ英二を見ると、目は虚ろで服は汗でぐっしょり濡れていた。今にも倒れそうな顔をしている。
きっと自分も、同じ顔をしているのだろう、と慶喜は思った。
そんな二人と対照的に、依頼人はイキイキと楽しそうである。おかしな薬でもキメているのか、瞳孔の開いた目を、まるで脂が浮いたようにギラギラとさせ、真っ赤な口の中が見える程、大口を開けてゲラゲラ笑っていた。
楽しそうな依頼人を見上げ、二人は溜息をつく。
――せめて、あの音楽を聴きたい。
そう思ったが、これが終われば…と自らを鼓舞した。
オレンジ色の陽が空に広がり、雲が紫色に染まる頃、依頼人はようやくこの繰り返しに飽きたらしい。
慶喜達はその場に仰向けになって倒れ込み、虚ろな目をオレンジ色の空に向けた。
「おい!倒れるのはまだ早いぞ!」
依頼人に怒鳴られ、慶喜達は絶望的な気持ちになる。
――まだ、何かあるのかよ?!それとも、まだあの繰り返しをやるのか?!
それでも何とか体勢をうつ伏せにし、片手を地に着けて起き上がった慶喜達に、依頼人は箱に指差し命令した。
「こいつを箱から出せ!」
崖から蹴り落としては、それを繰り返す事をまだやるわけではない、と察して二人は少しホッとした。
木箱を開け、傾けて転がすようにして飛を地面に放り出した。
飛は白目を剥いており、体は既に動かなくなり、ぐったりとしている。
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