動機
指定された山奥に着いた慶喜達がトランクを開くと、両手足を拘束し、猿轡を噛ませたままの飛が、薄っすらと瞼を開き呻き声をあげ始めた。
トランクから飛の体を運び出し、既に待機していた依頼人と昭三郎の前に転がした。
依頼人——まさかヒットマンである自分達の前に、姿を見せるとは思わなかった。依頼人は飛よりも十か二十程若いのではないかと思われる、中年から老年の剣呑な目つきをした男だった。
高そうな糊のきいたスーツ姿で、香水のキツイ香りが漂っている。少ない髪の毛はしっかりと黒く染め、セットしてあった。
土気色の荒れた毛穴の目立つ肌はだらしなく弛み、口角は以上に下がっている。深海魚を思わせる、淀んだ目が印象的である。
身だしなみに、非常に気を遣っているのが分かるのだが、なぜか不潔感があった。
依頼人はおそらく、いや確実に飛の同業者だろう。
慶喜は彼を見ながら、藪根家の在る村の人々を思い出していた。依頼人は彼らと非常によく似ていた。
次に読めない表情の昭三郎を見て、彼も年を取ればこういう姿になるのかもしれない、などと思った。
依頼人は、頑丈そうな木箱を用意していた。人一人が体育座りすれば、入れそうな程の大きさである。
まさかと思っていたら、そのまさかだった。依頼人は、飛をその箱に入れるよう指示してきたのだ。
慶喜は英二と共に、各々飛の肩の方と足を持ち上げ、運ぶ。抵抗できないながらも、飛は殺気の漂う目で刺す様に依頼人を睨みつけ、獣が威嚇する様に呻いていた。
どうやら顔見知りらしい。そしておそらく敵対する間柄ではなく、どちらかと言えば友好関係にあったのかもしれない。
見ず知らずの慶喜達よりも、まだ近しい関係にあった依頼人への方が怒りは強いのだろう。
依頼人の表情に恐怖は読み取れず、飛に負けぬ程の憎悪を湛えた目で睨み続けている。
二人の間には、余程の事があったらしい。
気になった慶喜は、飛を木箱に入れ蓋をする前に尋ねた。
「こいつと何があったんですか?」
「ああ?」と、依頼人は不機嫌そうに返事をする。
「何でお前らにそんな事言わなきゃならないんだ?!さっさと手ぇ動かせ!」
仕方なく慶喜は「ハイ…」と小さく返事をして、目を合わさぬよう下を向き作業に取り掛かろうとした。
そうは言ったものの、実は喋りたくて仕方なかったのか、依頼人は「こいつはよぉ…」と忌々しそうに語り始める。
「こいつは…俺のスーツに珈琲をひっかけやがったんだ!」
「えっ?」
慶喜は思わず手を止め、目を丸くし依頼人を見た。英二も同様にぽかんと目と口を開けて依頼人を見ている。
「いくらしたと思ってやがる?!それをこいつは~…チクショウ!!」
依頼人は実に悔しそうに、土気色の肌を真っ赤に染めて、木箱を蹴り上げ始めた。
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