尾行

「いや、そうとは限らないぜ。」


英二がスマートフォンの画面を見ながら、何かを思いついたようにそう言った。


「考えてもみろよ、飛は自分の性癖をひた隠しにしてきたんだ。絶対に、誰にも知られたくない、そう思っている。

飛の性癖を知る女とは、知り合いの誰とも会わせたくない、そう思うだろう。

そして相手は、女一人。自分一人でもじゅうぶん、そう判断しても不思議は無いんじゃないか?」


「…なるほど、確かに。他に方法も無い事だし、やってみる価値はありそうだな。」


女が飛との連絡用に使用しているアドレスで、飛に「会って話がしたい」という内容のメッセージを入れた。

返事は直ぐに返ってきた。メッセージの内容は、こちらが提示した場所と時間を了解するもので、愛人へのメッセージとは思えぬ程、淡々として業務的であり、それが逆に飛の怒りの強さを感じさせる。


脅迫文が送られてから、飛はすぐに女を殺そうとしたはずだ。しかし、見つかるはずがない。既に慶喜らによって、女は拉致監禁されているのだから。


それなりに人けのある、通りに建つ喫茶チェーン店。平日の正午、慶喜は指定した窓際の席に一人の老年の男が座るのを、向かいに建つ雑貨店内から確認した。


男は間違いなく飛香と思われた。よく写真に載っている様な、サングラスではなく眼鏡をかけている。スキンヘッドにウィッグを着け、服装も地味なサラリーマン風に変装しているが、飛香ではないか?と疑って見れば一目瞭然であった。


慶喜は飛と会っていた女のアドレスで、文章を打ち込み送信する。

ずっとスマートフォンを見ていた飛は、受信に即座に反応し、辺りを見回す。慶喜は飛の方を見ないように、店内の雑貨を物色するふりをしていた。


飛は慌てて店から出ると、キョロキョロ顔と目を動かしながら歩き始め、指令された通りの場所へ向かっていった。

飛が店を出た後、後を追うようにして店を出た者はいなかった。


これは本当に、一人で来たのかもしれない。しかしまだ、油断はできなかった。


飛はそれなりに人けのある通りを抜け、閑古鳥の鳴いているような、シャッターの降ろされた店ばかりの並ぶ通りに出た。

ここまでで、飛の後をついてきているのは慶喜だけだった。

飛は余程焦っているのか、もうあの動画の流出しか頭に無いのか、慶喜がずっとつけてきている事に気付く様子も無い。


慶喜は英二に、LINEでオーケーサインを出した。


飛と慶喜、二人の背後から、勢い良く車が走ってくるのが見えた。




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