洋館
歌舞伎町を出たら、そこはもう無法地帯ではなくなる。寝袋の中の女が目覚めて、暴れ出したりしない事を願いつつ、なるべく急ぎ足でコインパーキングへ向かった。
寝袋をレンタカーに積み、乗り込むと県外の山に向かって発進した。
ここ数日、東京近辺の人けの無い場所を物色し、見つけた秘密の隠し場所である。
こんなろくでもない女であっても、一つだけ役に立つ事がある。楽器だ。
その人間がどんな生き様であろうとも、人間であるというそれだけで、素晴らしい音を奏でる楽器になれるのである。
この仕事が終わるまで、この女をどこかに監禁する必要がある。終わり次第、CDショップ店員の元へ持って行き、コンサートを開いてもらうのだ。
金と楽器の材料、両方が手に入り、慶喜も英二も機嫌が良い。
一時間程車を走らせ、くねくねとした山道に入り、一軒の洋館が現れた。洋館にはツタが絡み付いており、周囲の雑草は伸び放題。窓ガラスの殆どが割れている。
見るからに、誰も住んでいない廃墟だった。
扉はもちろん、鍵がかかっている。慶喜は、ガラスの割れた一つの窓に手を入れて鍵を開け、窓を開いた。
そこに寝袋に包んだ女を放り投げ、自分達も中に入る。
寝袋は廃墟の中、床に落ちた衝撃で短い悲鳴をあげた。
寝袋の封を開けると、拘束された女が恐怖と驚愕の目で二人を見ている。何か喋ろうとしているが、猿轡をしているので何も伝える事ができない。
女の手足は、拘束している。しかしそれだけでは、安心するに不十分だ。
慶喜は車に積んでいたバールを手に、女に近寄る。何かを察した女は、芋虫の様に体をぐねぐね動かし、後退ろうとした。
慶喜はバールを勢いよく、振り下ろした。女のくぐもった悲鳴と、何かが折れる音が廃墟に響く。
二、三回これを繰り返し、女の両手両足を砕いた。これでさすがに、脱走は不可能だろう。
顔が涙と鼻水だらけになり、白目を剥きながら痙攣する女を置いて、二人は洋館を出た。
その様な訳で、今あの女は飛香をおびき寄せる事が可能な状況ではない。体の自由が利いたとしても、あんな目に遭わせた慶喜達を再び信用し言う事を聞くように仕向ける事は、手間だった。
「…あの女の携帯はあるから、女を装ってやり取りする事は可能だが…」
英二が女の持っていた、スマートフォンを取り出す。
何気なくLINEを開くと、ホストらしき男の顔写真アイコンが支払いと店に来る事の催促をしており、他はスカウトとの出稼ぎ相談だった。
これがこの女の、人間関係の全ての様だった。
あの女が消えた事で、心配して探したりする者は一人もいないだろう。
違う理由で、つまり報復のために探す者しかいない。
以前、「人は生きてきた様に死んでいく」と聞いた事がある。死に際に、生き様というのは表れるものなのかもしれない。
「こうなった以上、女を装い呼び出しても、飛が一人で来る可能性は低いだろう。女が脅迫に加担した事には、さすがに察したろうからな。今きっと、血眼になって女を探してるよ。」
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