寝袋

送り先はもちろん、飛香。女は当然、飛香の連絡先を知っていた。


「今時LINEもやってないのか、飛香は。まあ、年寄りだからな。」


女がスマートフォンを操作する姿を眺めながら、慶喜がそう言うと英二が何かを思い出したように言った。


「確か、LINE会社が暴力団の利用を禁止したんじゃなかったっけ?」


「へぇ、そうなの?だったらテレグラムでも使えば良いのに。」


「ていうか、通話アプリを自分らで作れば良いのにな。そういうの得意な奴、抱えてんだろ絶対。」


「なあなあ、飛香のメールアドレスってどんなの?」


女がスマートフォンのディスプレイを向ける。そこに載っているメールアドレスはmitani.takao@gmail.com


「ミタニタカオって…本名じゃねぇか!」


「馬鹿じゃねえの?!こいつ、そのアドレスをあんたに教えて、それで正体隠してたつもりなのかよ?!」


「あいつ多分、私が社会の情報に疎いと思ってるから、自分の事も知らないと思ってんだよ。」


三人はゲラゲラ笑った。


「終わったか?」


気が済むまで笑い、慶喜は女に作業の終了を確認する。女は「うん」と頷いた。


「…そうか。」


英二がふらりと立ち上がり、女の横に来ると、ポケットから取り出した釘抜きを振り上げ思い切り女の脳天に叩き落した。


女はゴミ溜めの中に顔を突っ込むようにして、うつ伏せに倒れこみ、動かなくなった。


「おい、力入れすぎじゃないのか?」


慶喜が心配そうに尋ねる。英二は女の側に寄り、耳をすませて息のある無しを窺った。


「大丈夫、生きてる。」


二人は安堵の息を漏らした。こんな女でも、殺すのは惜しい。


二人は女に猿轡を噛ませ、両手両足を縛り上げると、用意してきた寝袋を鞄から取り出し、それで女の体を包んで持ち上げた。


ゴミだらけの渡り廊下を、ゴミをかき分けながら進んでいく。途中、スウェットを着た髪がボサボサの女がしゃがんですすり泣いていたが、慶喜達には目もくれなかった。


エレベーターでは、全裸のこれまた年齢不詳な悪臭を放つ男と、一緒になった。

狭いエレベーターの箱の中で、中身の入った寝袋を持つ二人と一緒になり、男はかなり迷惑そうな顔をしている。

そんなに嫌なら、階段を使えば良いのに。



飛び降り自殺者に気を付けながらマンションを離れ、死体とゴミと常軌を逸した者達が跋扈する歌舞伎町を歩き、この街を出た。

車はこの街の外に停めてある。こんな街に置いておくなど、壊してくれ、盗んでくれと言っているようなものだからだ。



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