脅迫

午後四時、慶喜らは都内の駅近くで車やタクシーがやたらよく通る場所で、レンタカーに乗り停車させていた。エンジンは、入れたままである。


レンタカーはもちろん、別名義で借りている。名義は新宿で酔っ払い、炉端で寝てしまっていた職業不詳の人物から、こっそり拝借した。

運転免許証の顔写真は大概が、写真写りが悪く、実物と異なる場合が少なくない。なので、確認する側もそこまで写真と実物を、じっくりと見比べていなかったりする。


名義を拝借する相手は同い年くらいに見える者を選び、髪型や眼鏡などで誤魔化す事で何とかなった。


車の外を見ながら、チラと時計を見る。約束の時間まで、あと十五分だった。


視界の端で、怪しげな男が数名うろついているのが見えた。

風袋からして、カタギの人間には見えない。彼らは四方八方に別れ、キョロキョロと首を動かし何某かを探している風に見える。


助手席に座る英二と顔を見合わせ、車を発進させその場を走り去り、適当な場所で停めるとGmailを開き、文字を打ち込む。


『一人で来るという約束を破ったな。言った通り、あの動画を全国に流してやる。』


文章を打ち込むと、保存した。

数分も経たずに、内容が更新される形で返事はすぐに来た。


『まってくれ!何かの間違いだ、勘違いだ!』


自分は誰にも言っていないのだが、部下に知られてしまい、来るなと言ったが勝手にしゃしゃり出てきた。というのが、飛香の言い分である。


この程度の言い訳しか浮かばなくても、トップに立つ事のできる松田組。この組織の終焉も、そう遠くはないだろう。


慶喜は飛香の寄越した、言い訳の書かれたメールを見ながらクックッと笑い、隣に座る英二にも見せてやった。


「何だこれ、こんなんでもトップになれるんだな、松田組ってのは。」


しばらく二人でゲラゲラ笑った後、慶喜は大きく息を吐いて、背もたれに寄りかかった。


「しかし…今更だけど、軽率だったな。相手が相手なんだから、一人で来いと言って本当に一人で来るわけが無い。次も絶対、何か罠を仕掛けるだろうな。」


「動画を持っていた、あの女を使って呼び出すのが手っ取り早かったな…」


「今更だよ、ホント。今更気付いたところで、どうしろって言うんだ。」



今から遡る事数時間前、慶喜達二人はあの動画を提示した女と、女の住む家にいた。あの、ぱっと見普通に見えるマンションに。


女に作らせたフリーメールで、メールの上書き保存による連絡方法も明記した、脅迫文を送らせたのだ。




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