子宮に沈める

間も無く女は、一つの部屋の前で足を止めた。茶色のその扉はペンキ塗り仕上げであり、所々ペンキが剥げている。

扉の周囲に散乱するゴミを踏み荒らしながら近寄り、鍵を回し入れドアノブを回した。

鍵をかけている事が、意外であった。こんな所に泥棒に入る奴がいるのだろうか?

いや、この何でもありの街なら不思議ではないのかもしれない。


「入りな!」


女はそう言うと、部屋の中に入っていった。

外の様子に負けず劣らず、部屋の中は酷い有様である。飲みかけのペットボトルや食べかけの菓子パン、封の開いたスパゲッティ等が散乱し、悪臭を放つゴミ袋が山と積まれていた。


それにしても、酷い臭いだった。窓が締め切られ、密閉空間にあるためか悪臭の酷さがより際立っているのだろう。


そしてこの悪臭は絶対、生ごみや汚物だけではないと思った。何かが、有機物、生き物の腐敗した臭いが混じっている。


ゴミだらけのリビングルームと思しき場所、その横にある襖で閉め切られた和室と思われる所から、大量の蠅の飛び交う音が聞こえる。

そして、襖を閉め切っていてもそこから酷い悪臭が漂っている事が分かった。


「あの…その部屋、何があんの?」


慶喜は口と鼻を覆いながら、襖を指して尋ねた。

女は「ああ…」とだけ言い、忌々しそうな顔で襖の方を見た。

慶喜は好奇心に駆られ、襖に近寄り手を付けた。女の「ちょっと…」と止めようとするかのような声も意に介さず、襖を勢い良く開く。


黒い波が降りかかってきた。それは水などの液体では無く、粒子…いや蠅の大群であった。

目を閉じ、蠅の嵐が過ぎ去るまで数秒間停止し、目を開けるとそこには似たようなゴミの山の中に、黒く変色し凄まじい悪臭を放つ何かの塊が置かれている。


黒く変色したそれには、蛆が大量にへばりついていた。しかしよく見ると、眼窩や鼻、口といった人間のものとされるパーツが表れている。

大きさは、両腕で抱える事ができそうな程度であった。


子供、二、三歳程の幼児の変わり果てた姿である。


「これ…あんたの子…?」


慶喜は鼻と口を押さえ、遺体に目を向けたまま女に尋ねた。英二は吐き気を堪えているのか、終始無言である。


「いつまでそこにいんの?早くこっち来て話しようよ。」


女は答える気は無い、という意思表示の様な回答をした。

慶喜達がその部屋を出ると、女は急いで襖を閉め切った。

まるで、臭い物に蓋をする様に。


この遺体のある部屋は、女にとって現実なのだろう。




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