ゴミ箱
エレベーターはゆっくりと、ガガガガ…と音をたてながら上昇する。かなり老朽化している様だった。定期的な検査がなされているかどうかも不明である。いや、この街の様子からしてそんな小まめな事はなされていないだろう。
途中でエレベーターの箱を吊るすものが切れ、落下したりしないか心配になった。
余程腹が座っているのか、馬鹿なのか知らぬが女は平然とした顔だ。慶喜達二人はヒヤヒヤしながらエレベーターの箱が到着するのを待った。
不潔な女と狭い密室にいるせいか、それともエレベーターの中が元々不潔なのか、そのどちらもなのか、悪臭が酷かった。
悪臭と共に、狭い空間に閉じ込められるというのは、予想以上に苦痛である。
エレベーターは五階で止まった。この階のフロアに、女の部屋がある様だ。
とりあえず、無事到着した事に慶喜達は胸をなでおろした。
同時に、ようやくこの悪臭から解放される、そう思いながらエレベーターのドアが開くのを見る。
エレベーターのドアが開き、生温かい空気が入り込む。そして、酷い臭いもまた…
エレベーターの外に広がる景色は、まるでゴミ箱の中だった。そうとしか形容しようが無い。
飯やおかずの残るテイクアウトの弁当が所々に転がっている。そのすぐ側に、ストロングゼロの空き缶が転がり、剥き出しの使用済み生理用ナプキンや紙オムツが広がっていた。
生理用ナプキンや紙オムツは丸める事もされず、赤黒い経血の染みついた箇所が丸出しであり、紙オムツからは茶色の糞便がはみ出している。
そんな残飯や汚物の周囲を、蠅が飛び交っていた。
普通なら吐き気を催す光景だが、慶喜はこの街をずっと歩いてきた事から、やや耐性がついていた。英二もわりと、平気な顔をしている。
女はこんな所に住んでいる事を恥じらう様子も無く(そんな恥じらいがあるなら、もっとまともな格好で出歩いているであろうが)、ズカズカとゴミ箱の様な渡り廊下を歩き始めたので、慶喜らも後に続いた。
渡り廊下を歩いていると、ガチャと目の前のドアが開き「うわああああああ」と叫びながら、女が一人走り出てきた。
黒いロングヘアはボサボサで、ゆったりとしたスウェット姿にも関わらず、体が弛んでいるのが分かる。
スウェット姿の女は、相変わらず叫びながらカッターナイフを取り出し、片方の腕や手首を切り刻み始めた。
「ちょっと!邪魔だからどいてよ!」
女が忌々しそうに、スウェット姿の女に告げると、スウェット姿の女は振り向き、そしてものすごい衝撃を受けた顔をして言った。
「うわああああ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
女はスウェット姿の女の背を蹴った。スウェット姿の女が倒れ、蹲るのを顧みる事も無く、先へ進んで行く。
慶喜達もすすり泣く声を背に、後に続いた。
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