何が彼らをさうさせたか
背後で、何かが落ちて砕ける…そんな音や気配を感じ、慶喜も英二も思わず振り向くと、数メートル先、このマンションの真下に人が一人うつ伏せで倒れているのが見えた。
倒れているのは全裸の中高年男性に見えるのだが、うつ伏せであるため年齢も性別もよく分からない。
うつ伏せに倒れたその人の体から、じわじわと赤黒いものが広がり始める。
慶喜はマンションを見上げた。いくつものベランダの突き出しが見えるが、そこから顔を出している人間は見当たらない。
「何やってんの?!早く行くよ?!」
呆然としていると、マンション入り口の方から、女の呼びかける声が聞こえた。
「こ、これ…」と、慶喜はおそらく既に死んでいる体を指して、女に何か伝えようとしていた。
しかし女は顔色一つ変えず「死体じゃん、また飛び降りたんだね。知り合いなの?」
「い、いや…違う。」
知り合いな訳が無い。死体の顔は見えず、年齢性別全て不詳だが、なぜか断言できた。
知り合いでなくとも、目の前に飛び降り死体が現れたら、まず放っておく事は無いだろう。救急車とパトカーを呼ぶはずだ。
しかし、目の前の女はそれ(死体)がどうかしたの?とでも言わんばかりである。
「早く行くよ?」
そう言うと、女は踵を返しエントランスに入って行ったので、慶喜らも後を追う。
振り返ると、早くも死体にはカラスが群がっていた。
この街は、カラスにとって楽園かもしれない。
女のこれまでの言動を考えれば、飛び降り死体への冷淡な態度はむしろ自然な事であった。
この女だけではなく、死体への対応はこうする事が、この街の常識なのだろう。
「あんた達、この街来るの初めてだよね?このマンションもそうだけど、飛び降り自殺がしょっちゅう起きてるから、むやみに高い建物の周りをうろつかない方が良いよ。」
女がエレベーターに向かって歩きながら、慶喜達にそう助言する。
「どうして、飛び降りを選択する人ばかりなんだ?」
英二が女に尋ねた。
「自殺方法は色々あるじゃないか。その中で、どうして皆が皆飛び降りを選択するんだ?」
「目立ちたいからじゃないの?」
女がどうでも良い風な様子で、答える。
「これだけ飛び降りを選択する者が多いと、飛び降りを選択した時点で他に埋もれて、逆に目立たなくなる。
焼身自殺の方が、強い印象を与え易い気がするよ。」
「知らないよ。そんな事、本人に聞いてみないと…」
女は忌々しそうにそう答えたが、少し考える風な顔をして
「一番手間がかからなさそう、だからじゃないかなあ?ロープも刃物も何も準備する必要が無い…やり方も、ただ飛び降りるだけ。一番楽そうじゃん。」
「なるほど」と、英二は心底納得した風に、感心した様にそう呟き頷いた。
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