ボーイ・ミーツ・ガール

横たわる男は血塗れで、顔は血の気を失っており、白目を剥いていた。おそらく既に、出血多量で死んでいる。


夢中でナイフを刺し続けていた女が、慶喜らの視線を感じてかぴたと動きを止め、こちらに顔を向けた。

ニタリと笑みを浮かべる女の虚ろな目と合い、戦慄した慶喜達はくるりと向きを変えて走り出した。

すぐ後を、ナイフを持ったままの女が走って追いかけてくる。


数メートル先に、警察の制服を着た者が立っているのを発見した慶喜は、助けを求めて走り寄った。


「助けてくれ!殺人鬼が!殺人犯が!」


そう叫びながら走り寄る慶喜達に、警察は驚愕して銃を向けてきた。


「ちょ…ちょっと待ってくれ!違う!俺達じゃない!俺達は殺人鬼じゃない!」


慶喜達は思わず両手を上げて、そう訴えた。

実際は慶喜達もまた殺人鬼の様な者だが、それは自分達の身の安全のために、今ここで知らせるべき事ではない。


警察は言われている事を理解できないのか、困惑した様子で慶喜達に銃を向けたまま体を震わせている。

追いかけてきた殺人鬼の女が慶喜達を通り過ぎて、警察に飛び掛かった。

ナイフの刃先が警察の喉元に突き刺さり、女は勢い良くナイフを引き抜く。

警察は、噴水の様に鮮血を散らしながらゆっくり頽れていった。



「まじキモい!金払えとか、まじキモい!」


女はテキーラをあおりながら、先ほどからずっと喋り続けている。慶喜には同じ内容を繰り返している様にしか見えないのだが、本人は全く意に介していない。


見知らぬ男を滅多刺しにし、警官を刺し殺した女殺人鬼と、なぜこうして親しげにバーで酒を酌み交わす事となったのか、慶喜達にはよく分からなかった。

あの後、よく分からない内容を喚かれ、押されるようにしてここへ連れてこさせられたのだ。


バーの中は薄暗く、不愛想なバーテンは注文の品を持って来ると、奥へ引っ込んで行った。

客は他に二人いる。一人は涎を垂らしながら目を白黒させ、ニヘラニヘラ笑っている。もう一人もまた、ニタニタしながら首を左右交互に倒して遊んでいた。


女は語彙が極端に乏しかった。乏しいなんてものではない。使う事のできる形容詞が「キモい」しか無いのだ。

世の中には「キモい」と評されると深く傷付くと言う人もいるのだが、彼女の様な極端に教養が無い者はやむを得ないとも思えるので、共存の難しさを感じる。


語彙が乏しい事は些細な問題であった。それよりも相手の都合を考えず一方的に、しかも早口で喋り続ける所や、内容が知らない人間への不満や愚痴ばかりな事の方が、不愉快であった。


そして何よりも、声である。

籠ったような、相手をイライラとさせる声音。そして激昂すると、それは聞いていて頭や耳がキンキンしてくる甲高いものとなる。


要するに、恐ろしく魅力の無い女だった。




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