慶喜は恐れている

新宿歌舞伎町という繁華街…酷い、酷いと聞いてはいたが、それでもこれ程までに酷い有様とは思っていなかった。


時刻はまだ、午前である。道端のそこら中に、半裸や全裸の老若男女が寝転がり、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、ゴロゴロと同じ場所を転がっている。

何が面白いのか、彼らはずっと楽しそうに「えへへ、えへへ」と笑い声をあげていた。


「かぁわいいねぇ~」という高いトーンの、気味の悪い声が背後から聞こえて、思わず飛びのいて振り向くと、女が一人立っていた。


セミロングの髪はダークブラウンに染められ、白と黒の体型を強調するセクシーなスーツ姿をしている。


そして、異様な表情をしていた。目を細めて口角を上げた笑顔が、貼り付いた様に見てる。

顔色が青白く、気味の悪い声音もあって、この世の者ではない風にも見える。

この尋常ではない様子から、女は年齢不詳だった。


女は慶喜と英二、どちらも見ていない様にも、どちらも見ている様にも見えた。

そして「かぁわいいねぇ~、かぁわいいねぇ~、」と言いながら、ゆらゆらしながらただ突っ立っているのだ。


慶喜らが困惑していると、どこから来たのか、労務者風の中年男性が、缶ビール片手に一人近づいて来て


「可愛いって俺の事?!」と喜々としながら、女に話しかけた。


女はキッと中年男性の方を向き「違うわ!」とさっきまでのゆらゆらとした喋り方と全く違う、非常にキツイ声音で怒鳴った。

表情も、何か夢でも見ていそうな笑みから一転、眉間に皺を寄せた普通に怒りを感じさせる表情になっている。


その後、女と中年男性がどうしたのかは知らない。慶喜達二人は、急いでその場を立ち去ったからだ。


しかし立ち去ったところで、この街に安全な場所など無いように見える。


道の真ん中を、全裸の男女が弛んだ体も露わに、列になってゆっくり歩いている。

本当に、異常にゆっくりとした動きであった。まるでスローモーション映像でも見ている気分になる。

彼らの顔色は土気色で、光の無い虚ろな目には存在感が無い。

そして何人かが、脱糞や失禁をしているのだが、もちろん気に留める様子も無かった。


また他の場所では、全裸の女が何かを手にした片手を夢中で上げ下げしている。

よく見ると、手にしている物は刃物…ナイフの様に見えた。ナイフの刃先は赤黒い液体を滴らせている。


そして彼女のすぐ側で、頬のこけた男が一人横たわっていた。彼女は男の胸や腹に、ナイフを滅多刺しにしていた。




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