東京物語
二人共、歌舞伎町はおろか東京に来る事自体が初めてなのだが、とにかく人が多い。
東京の電車は、常に満員電車である。「満員電車」という言葉や、それがどういうものであるのか、聞いた事はもちろんあるのだが、実際目にした感想は「満員なんてものではない」だった。
まるで袋に蜜柑でも詰め込めるだけ詰め込んだ風に、人間が車内に詰め込まれるという、異様な光景である。
すし詰めと呼ぶべきだろうか?とにかくあれは、人間の乗る物ではないと思った。
東京で働く人間はたいていが、あれに毎日乗っているらしい。常軌を逸していると思った。よく精神に異常をきたさずいられるものだ、と素直に関心する。
大都会で生きる者には、強靭な精神力そして体力が必要とされるらしい。
プレイヤーであの曲を聴きながらであれば、自分達もあれに乗る事は可能かもしれないと慶喜達も考えたのだが、それをすれば確実に乗り過ごし、目当ての駅で降りる事ができなくなるだろう。
最悪電車が車庫に入る直前に、駅員に声をかけられるまで電車に乗っているかもしれない。
そんな事を考えながら駅のホームで突っ立っていた所、いきなり強い衝撃を受け、慶喜はその場に倒れてしまった。どうやら通行人とぶつかったらしい。
慶喜とぶつかった人物は、ごくごく普通のサラリーマンに見えた。余程急いでいるのか何も言わず、こちらを顧みる事も無く、スタスタと歩いて行く。
彼は途中、他の人とも何度もぶつかっていた。いや、わざとぶつかりに行っている風に見えた。
やがて人混みの中へ消えていく後ろ姿を、慶喜は座り込んだまま、英二も突っ立ったまま唖然として見守っていた。
結局二人は、徒歩とタクシーを使う事にした。幸い軍資金として、昭三郎からいくらか貰っていたのである。
向かった先は歌舞伎町だった。ターゲットが暴力団員であるため、とりあえず治安の悪いと聞く街へ行ってみる事にしたのだ。
しかし来てみてから気付いたのだが、ターゲットは犯罪者であるものの大金持ちである。
何かの記事でも「銀座のクラブに通っている」と書かれていた気がする。
もちろん、何と言う店かまでは明かされてはいなかった。
そして銀座中のクラブを虱潰しに当たるだけの金は、ありそうに無い。
ならば、せっかくこうして足を運んだ歌舞伎町で、本人には会えずとも情報を探してみようと考えた。
治安の悪い街と聞いている。ターゲットと何らかの繋がりを持つ者がいるかもしれない。
そして、情報を得ようと何某か行動を起こす前に、諦める事にした。
初めて訪れた歌舞伎町の治安の悪さに驚愕し、気分が萎えたのかもしれない。
とにかく、酷い有様だった。
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