第二の死体
「祟りじゃあ…祟りが起きるぞ!ムカデ明神様の…祟りじゃあ!」
声のした方を向くと、やはりそこには川上の婆が立っていて、慶喜らの方を指差していた。
相変わらず、油の浮いたようなギラギラ光る目でこちらを睨みつけている。口を開くとガタガタの、所々に隙間のある歯並びが目に入った。
慶喜ら三人は、何も言わず何もせず、ただ驚愕して立ちすくみ川上の婆を見ていた。
「恐ろしや~、恐ろしや~、祟りが起きるぞよ~…」
川上の婆は、そう言いながら後退り、後ろを向くと「恐ろしや~」と言いながらどこかへ去って行き、見えなくなった。
一体、川上の婆はどこへ行くのだろうか。彼女に帰る場所があるのだろうか。生活の糧はどのようにして得ているのか。
年金、生活保護といった言葉が浮かんだが、あの老婆にそうした手続きができるようには見えない。
そして、代わりにそうした手続きを代行してくれるような福祉関係者が、この村にいるとは思えなかった。
慶喜は気になったが、それを昭三郎に根掘り葉掘り聞く事は、デリカシーに欠ける気がして思いとどまった。
昭三郎の方を見ると、苦々しそうな顔をして、川上の婆が去って行った方を見ている。
慶喜の視線に気付くと、慌てて表情を笑顔に変えたが、非常にぎこちない笑みに見えた。
「それにしても、酷い臭いですね。」
話題を変えようと思ったのか、昭三郎が片手で鼻と口を覆いながらそう言う。
そして実際、拝殿を前にますますその臭いは酷くなっていた。臭いはおそらく、拝殿から漂っている。
おまけに拝殿からは、ブンブンという音まで聞こえてくる。何かが、不快な虫が飛び交う音だった。
そして格子状になっている拝殿の扉から、蠅が数匹飛び出して来た。
「臭いの原因は…拝殿の中にある様ですね。」
慶喜がそう言うと、英二も
「中で何某かの動物が死んでいるのかもしれませんね…」
と、遠慮がちに言った。
しかし二人共、扉を開いて中を確かめる事には躊躇いがあった。
神社の拝殿の扉を、宮司でも何でもない自分達が、勝手に開けて入る事が失礼にあたる気がした。
今、ここに居るのが慶喜と英二の二人だけなら、周囲を確認して後扉を開け、中を覗いたかもしれない。
しかし今ここには、この村の有力者であろう昭三郎がいるのである。
そして彼は親族に殺し合いをさせたり、殺しの依頼を受けるような人物で、機嫌を損ねれば何をするか分からない怖さがあった。
二人が躊躇っている間に、昭三郎は前に進み出て、迷わず拝殿の扉を開けた。
そして「あっ」と声を出し、体を凍り付かせていた。
昭三郎の背後からそれを見た二人も、目を見開き驚愕した。
そこには、弘子の遺体が拝殿の壁に打ち付けられたようにして在ったのだ。
弘子の胸に、日本刀と思しき物が付き刺されており、それで壁に貼り付けている風に見える。
彼女は首をだらんと右に倒し、目と口を開けたまま死んでいた。目が濁っているのか、白目を剥いているのか判断がつかない。
ぱっと見腐敗が進んでいる風には見えなかったが、表現し様のない悪臭と飛び交う蠅を見るに、たった今殺されたばかりではない事が察せられる。
昭三郎の方を見ると、彼は険しい顔をしており、何か考え事をしている風に見えた。
母親の無残な遺体を前にしても、彼は非常に冷静であった。
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