ムカデ退治

昭三郎は何も言わず、ずんずん住宅街を歩いていき、慶喜達も彼に黙って付き従った。

まるで上司と部下である。そして考えてみれば、慶喜らはこれから藪根家の諸々を共に引き継ぐわけで、しかし村の事も事業の事も何も知らない慶喜達が昭三郎と同等になれるとは思えなかった。

相手が生真面目で、無欲な者ならともかく、昭三郎は簡単に暗殺の話を持ちかけ、親族らをデスゲームに誘うような人物である。たとえそれが、亡き父の遺言であったとしても。


今後、我らはこの少年に従い働く事になる。慶喜らは、そう考えすんなり納得していた。

心配事があるとすれば、金を確かに手に入れる事ができるのかどうか、である。そしてひいては、あの素晴らしいコンサートを何度も開催できるかどうか…


気付くと三人は、住宅街から林の中にまで来ていた。そして昭三郎は、しばらく歩いた後足を止めた。


慶喜達に見えるのは、昭三郎の後ろ姿、そして彼の目の前に在るのは石造りの鳥居であった。

高さ三メートル程の鳥居は、所々が変色し苔が生えている。歴史があるのかどうか分からないが、それなりに手入れはされている様に見える。


昭三郎は鳥居をくぐり抜け、参道を歩いて行く。慶喜達も急いで後に続いた。

参道の両端には、石板が並んでおりそこには絵が掘られている。


慶喜は歩きながら、その石板を眺めた。掘り付けられた絵は鳥居同様、苔むし変色しているものの、形は崩れておらず絵はわりかしくっきりと見える。

比較的、新しく作られた物かもしれない。


その何枚か続く石板の絵は、物語の様に見えた。

おそらく弥生時代と思しき服装や髪型の男が一人、怪物に立ち向かい倒すまでを描いたものの様である。


「スサノオノミコトが大ムカデを倒した話です。」


石板に見入っていると、横から昭三郎の声がした。これらの絵を説明してくれた様だった。


「スサノオノミコトが大ムカデを…?」


慶喜は思わず聞き返す。

英二も「スサノオが倒したのは、ヤマタノオロチだったとしか…大ムカデ?そんな話があるのですか?」

と、怪訝そうに尋ねた。


昭三郎は穏やかな笑みを浮かべながら、静かな声で説明し始めた。


「ヤマタノオロチの話、それも本当かもしれませんね。しかし大ムカデを退治した事は確実に、本当にあった事です。」


昭三郎は再び進行方向を向き、歩き始めた。そして、歩きながら話し続ける。


慶喜と英二は怪訝な顔を見合わせた後、昭三郎の後を付いて歩き始めた。


「おい、大ムカデの話って聞いた事あるか?」


英二が慶喜に小声で尋ねた。


「いや、俺も初めて聞いた。多分この村だけに伝わる…まあ、作り話だろう。ヤマタノオロチもだけど。」






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