再びの殺人事件

初仕事

慶喜と英二は「えっ?!」と声を出し、ぽかんと口と目を開いたまま、しばらく停止していた。

遺産の話を飛ばした事も気になるが、いきなりこれからやる仕事の説明…少し、いやかなり話を飛ばし過ぎではないか。

まず、二人は藪根家の事業について何も聞かされていない。


二人があっけにとられている間に、昭三郎はお構いなしで、いそいそと脇に置いていたクリアファイルから何某か取り出し、二人に見えるよう畳の上に置いていく。


なんというマイペース。慶喜は夢か現か分からない異世界に居た頃に、かしずかせていた使用人を思い出していた。


畳に置かれたのは、一枚の顔写真だった。歳の頃は見たところ、六十かそこら。黒光りする肌、整えられた口髭、にこやかに微笑んでいるが、その目は以上に冷たく感じられゾッとさせられる。

茶色のハットにマフラーの様な、ストールの様な物を首からかけており、黒いコートを羽織り青のネクタイを締めている。


「…これは…」


慶喜は思わず口に出した。写真の男はまず、日本では知らぬ者はいないであろう有名人である。

隣を見ると、英二もまた何か言いたげに頷いている。



「お二人の初仕事は、この人物の暗殺です。」


昭三郎は、ニコニコとした表情を全く崩さずにそう言った。




「良い天気ですねえ」


前方を歩く昭三郎が、後ろ、慶喜と英二の方を振り向き、笑顔でそう話しかける。

二人は「ええ…」と軽く頷き、曖昧な笑みを返すのがやっとだった。


昭三郎の言う通り、良く晴れた爽やかな朝だった。

薄い水色の空に、パステルで描いたような雲が広がり、生暖かい柔らかな風が心地良かった。


「初仕事」の説明を聞いた後、慶喜たち二人はすんなり部屋に帰された。豪華な夕食が運ばれ、急いで腹に詰め込み、カラスの行水の如く風呂で体を流すと、すぐ部屋に戻ってプレイヤーの電源を入れ、CDに聞き入った。


そして翌朝、お嶋に揺り起こされるまでずっとそうしていたのだ。


運ばれた朝食を食べながら、この村を少し案内したいという昭三郎の申し出を聞いたのである。

二人共この村には欠片も関心が無かったが、藪根家の資産を共に継ぐ事になった訳で、そう言う訳にはいかぬだろうと、さすがの慶喜たちも気を遣う事にした。


そのような訳で、今こうして二人は昭三郎に付いて村の中を歩いている。

豪邸の並ぶ、高級住宅街なのだが、誰一人見かけないというのが不思議だった。


「なあ、今日って何曜日だ?」


慶喜は英二に尋ねたが、英二も曜日感覚を失っており首を振りながら「分からねえ」と呟く。


今日は日曜だとしても、こうも人っ子一人見かけないというのはおかしい。やはり、この村はおかしい。

そもそも村の名士と思しき家の当主が、暗殺を生業として持ちかけるような所である。これまでこの村で起きた事を振り返ってみてもおかしくないはずが無い。


頭の中で警報ベルが鳴っていた。しかし、手に入るであろう莫大な富、それで果たせるであろう素晴らしいコンサート、という抗い難い魅力に引き寄せられ、二人は大人しく昭三郎の後を付いて歩いた。


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