終りの始まり

意識が急に戻り、何人かの喚く声や物音が聞こえ、瞼の上からも明るい陽の光を感じる事ができた。


体はあちこち痛むが、さっきまで感じていた痛みとは違っている。かなりマシになっていた。

ゆっくり瞼を開くと、そこは真昼間の砂地である。慶喜はそこで横たわっていた。


一メートル程先には英二が立っており、万歳をしてはしゃいでいた。西丕日野弘楢も英二を祝福するように、彼に向かって拍手している。

慶喜は口を開け、手を少し差し入れ確認したが、歯は無かった。


戻って来たのだ、異世界から。そもそもあれは、メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオとして生きた時間は、気絶している間に見た夢なのかもしれない。

夢にしては、いやに生々しい気はするが。


どちらにしても、残念だとは思わなかった。あの世界で、慶喜はセレブリティだったがどれだけ金や権力があろうと、あの音楽が無ければ意味をなさない。

あの曲が存在しない、というだけで慶喜にとっては地獄であった。

逆に言えば、どれほど劣悪な環境であろうと、あの曲さえあれば天国なのである。


さて、こちらの世界に戻ったわけだが、英二が勝利を勝ち取っている。英二とは目的が同じであるため、それほどがっかりはしなかった。


英二はこれから昭三郎と共に莫大な遺産を分け合い、また事業によって更なる富を得る。

そしてその富によって、あの美しい音色が、歌声が、コンサートが頻繁に行われる。そう思うと慶喜に不満があろうはずはなかった。


できれば自分がその偉業を成し遂げる事で、女神から称賛されたかったのだが仕方がない。


それにしても、なぜあのコンサートの開催に金が必要なのか、そもそも金次第で開催できるようなものなのか、慶喜の脳裏にふとそんな疑問がわいたがすぐに打ち消した。

何はともあれ、あのコンサートを開く事ができるのは、慶喜の知る限りCDショップ店員のいる謎の組織だけである。その組織が「金が要る」と言っているのだから、聞くしか無いと思った。

チケット代だとしても、惜しくはない。それだけの価値がある。


なので、慶喜は心から英二に内心エールを送っていた。自分の分まで頑張れ、と。


しかしどういう訳か、戻って来た藪根家の屋敷、その大広間に慶喜は英二と共に通され、昭三郎と向き合っていた。


広い和室には、この三人しかいない。おそらく今から、遺産や事業に関する話が始まるのだろう。

慶喜は、なぜ敗者である自分までもがここに通されたのかよく分からなかった。


困惑している慶喜に対して、英二はとくに疑問を抱く様子も無く平然と座っている。

慶喜の様子に構わず、昭三郎はニコニコしながら喋り始めた。


「ではお二人に、これからやってもらう仕事の説明をします。」


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