最期まで行く
前後に迫るゾンビ達は、あっという間に慶喜達の三メートル程先まで辿り着いてしまった。
ゾンビの数は、どれだけいるのかも分からないが、五十人は下らないだろう。
――俺はこんなに沢山、殺したのだろうか?
一心不乱に楽器作りに明け暮れていたため、人数などいちいち確認していなかった。
しかし脳が存在しない、ぱっかり空いた頭部や内臓の無い胴体などを見ると、彼らは確かに慶喜に惨殺された領民なのだろう。
しかし彼らゾンビの目には、怒りや悲しみといった感情は読み取れない。
濁った彼らの目は、雰囲気は、ただ純粋に腹をすかせた獣が餌を前にしたかの様に見える。
慶喜には、彼らが食欲のみに支配されていると見えた。
それにしても、困ったのはこの数の多さだった。いくらキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリが優れた戦士でも、この人数を一人で相手にする事は無理である気がした。
隣で剣を抱きしめながらガタガタ震えている使用人は、見るからにあてにならない。
あれこれ考えているうちに、ゾンビらはあっという間に距離を詰め、獣の様に飛び掛かってきた。
キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリは果敢に立ち向かい、ゾンビを次々切り刻んでいくが、やはり人数の多さに苦戦していた。
使用人の方は、あっという間にゾンビ達に食いつかれ、姿が見えなくなってしまった。
獣が先を争い餌を貪るように、使用人の居た場所に群れている。ぐちゃぐちゃ、ズルズル、という内臓を食い漁る音がしてきた。
慶喜はキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリの巨大な体を盾に、なんとかこの場を凌ごうとしていた。
何とか隙を見て、キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリを囮に一人この場から逃げ出す機会を窺っている。
しかし、さすがのキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリも疲労が見て取れる。切っても切っても、襲い掛かるゾンビが絶えないのだ。
とうとう息を切らし、腕を休めたキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリだったが、休む隙など与えてはくれず、途端に一人のゾンビが彼の腕に噛みついた。
キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリの野太い叫び声が、廊下に鳴り響く。
腕に噛みついたゾンビは、そのまま慶喜のウエスト程もありそうな太さの、見るからに堅そうな腕の肉を勢い良く食いちぎった。
それを皮切りに、周囲の他のゾンビも次々と襲い掛かり、キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリの体に食いつき、食いちぎり始めた。
巻き添えにされては困る、と慶喜はキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリの側を離れようとしたが、時すでに遅し。
首に鋭い痛みを感じ、ゾンビが噛みついてきた事を悟る間も無く、あっという間に体中にゾンビが群れていた。
体中の肉を食いちぎられ、骨を折られる激痛を感じていたが、やがて痛みよりも死への恐怖を強く感じ始める。
今誰かが助けてくれたら例えそれがゾンビであろうとも、生涯に渡って感謝し続けるだろうと、慶喜は確信していた。
しかし助けが来る気配は無い。そして、意識が消えていくのを感じる。
――女神様、お許しください…あなた様からの使命を果たす事、叶いませんでした…
意識が消える瞬間、慶喜は他でもない自分の妄想の産物である存在に、深く懺悔した。
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