勝敗

不敵な笑みを浮かべ、余裕で立っていた大男、キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリだったが、急に呻き声をあげながらうずくまってしまった。

慶喜は何が起きたのか分からず、呆然と倒れた時のままの寝そべるような姿勢で、うずくまる男を見ている。


「ううううう…く、臭い!もう駄目だ、耐えられん!今回もお前の勝ちだ、メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ!」


「…は?」


ここまで慶喜を案内した使用人が、目に涙を浮かべながら二人の方へ駆け寄って来た。


「お二人共、お見事でございます!感動的な戦いでした!」


使用人は、感涙しながら拍手している。


――一体、この戦いのどこに感動する要素があるんだ…


慶喜は思わず、困惑し尋ねた。


「臭いってお前…そりゃ確かに、俺は不潔極まりないが、お前の住んでいるこの城だって同様じゃないか。

不潔な臭いには慣れてそうだが…?」


キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリは、まるで過去を懐かしむような目をして話し始めた。


「お前との戦いに勝つためには、そうするしか無いと思った。不潔な環境に身を置き、悪臭に耐性をつける事、そのために俺は城内を不潔にし、俺自身も既に一週間風呂に入っていない。」


隣で使用人が、主人の努力を思いやるように涙ぐみ、深く何度も頷いている。


――うわ、きったな…でも俺も、他人の事は言えないか。まあ実際、風呂なんて入らなくてもどうでも良いよな。部屋の掃除だって…あの曲さえ聴ければ。


そうだ、あの曲…あの曲だ…あの曲を聴きたい…!


逃亡に成功し、戦いが終わって気が緩んだのか、あの曲を聴きたいという衝動が再び蘇り、慶喜はうわあああと叫びながら頭をかきむしった。

フケがバサバサ散らばり、手指の爪に皮脂がめり込む。


「お、おいどうしたんだ?」


キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリが困惑して、慶喜に声をかけた。使用人も目を丸くして、こちらを見ている。


慶喜は血走った目で、彼らの方を向いた。彼らは客人のただならぬ様子に、少々怯えた顔をする。


「おい、お前ら…ここに音楽は…」


慶喜は喋り始めたその時、城の外から騒がしい物音が聞こえてきた。

慶喜は話を中断し、キエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリと使用人も外の様子を窺うように神妙な顔で静かになる。


――まさか、領民達がここを嗅ぎつけて追って来たのか?


しかし耳をすませていると、どうも人の声には聞こえない。

それは獣の呻き声、吠え声だった。


「森の獣たちが騒いでいるみたいだ…」


慶喜はホッと胸をなでおろして言った。しかしキエヌィギョ=マカル・ドゥナエフ=チーフケエポリは首を傾げる。


「…そんな事は今まで一度も無かった。一体、何があったんだ?」


三人は窓の方へ行き、外の様子を確かめる事にした。獣の呻き声や吠え声は、ますます近くなっていく。

そして、城の外を見た三人は酷く驚愕した。





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