舞踏会
重そうな扉が音をたてて開かれ、薄暗い広い玄関が現れた。高い天井を見上げると、シャンデリアがオレンジ色に灯り、側で蛾が鱗粉をまき散らしている。
ますます化け物屋敷のようだと思いながら、広く長い階段を案内され、登っていった。
着いたフロアもまた薄暗く、一階の玄関同様、蛾が羽を動かす音だけが響いていた。埃っぽく、すえた臭いがする。廊下を歩いていると、鼠の鳴き声や走る音なども聞こえてくる。
薄暗い中であっても、この城の主人がそうとう不潔である事が察せられた。
そうでなければメニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオと親しい付き合いなどできないだろう。
そう言えば、この城の主人の名前すら知らない事に慶喜は気付いた。
助けてもらっておいて、さすがに名前を忘れたとは言い難い。本人に会う前に、何とかこの使用人から聞き出さなければと焦った。
「えーと…元気か?あいつは?」
とくに上手い聞き出し方が浮かばず、てきとうに使用人に話しかけてみると、使用人は非常にハキハキと上機嫌で
「もちろんですとも!今度メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ様にお会いするまでには…と、健康には人一倍気を遣っております!今宵も張り切っておいでですよ!」
――張り切る…舞踏会を?俺が来る事を期待して?
俺と踊る気でいる、という事か?舞踏会のダンスと言えば、男女のペアが定番だ…つまり、この城の主人は女なのだろうか?
慶喜は頭の中で、豪奢なドレスを纏う妖艶な美女が思い浮かべた。
しかし、すぐに打ち消した。何しろ、この不潔極まりない化け物屋敷の様な城の主である。
ある程度覚悟しておいた方が良い――そんな事を考えているうちに、使用人は立ち止まり、目の前の古びたドアを開け始めていた。
ドアの向こう、部屋の中から明るい光が漏れ出て、玄関や廊下と違いこの部屋の中だけは、煌々としていると分かった。
――もしかしたら、この部屋の中だけは清潔でゴージャスな舞踏会が開かれているのかもしれない。
そんな期待を胸に抱いたその時、視界いっぱいに飛び込んできた光景は一人の大男だった。
大男がこちらに向かって飛んで来る、いや投げ飛ばされてきたのだ。
その男は慶喜の横、スレスレの所を通り過ぎ、廊下の壁に物凄い音をたててぶつかった。
あっという間の出来事だった。
身長二メートル、体重は…二百キロはあるだろう。上半身裸で、筋骨隆々の大男はカエルの様に壁にへばりつき、意識を失った様に見える。
やがて壁には男の血が滲み始め、床へと滴った。
あっけにとられ、無残な男の姿を見ていると、部屋から重低音な声が聞こえた。
「よく来たな!メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオ!この時を待っていたぞ!」
見るとそこには、壁に叩きつけられた男に勝るとも劣らぬ大男が立っている。
スキンヘッドに上半身は裸、バレエダンサーの様なピチピチのタイツの様なものを履いていた。
二の腕や太ももは、メニショヴァ=クッレルヴォ・ヴスマト=ホレイシオのウエストくらいはありそうな太さだ。
見開かれた目は血走っており、黒目がいやに小さく見える。口からは涎がダラダラ垂れていた。
慶喜は以前戦い、そして倒した事のあるボロ家の老爺を思い出したが、彼はあの老爺よりも大柄に見えた。
そして慶喜は、自分が聞き間違えていた事を悟った。
舞踏会、ではなく武道回である。
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